新しい年を祝う。そんな経験が祖父と数えるほどしか無い私はどう祝っていいのかイマイチわからない。
こっちの世界では年が明け、食べたり飲んだり歌って踊ることが数日間続くらしい。
むしろ前世の記憶のほうがあり、除夜の鐘やら初詣に友達と行きたくなる衝動に駆られる。
変なことを口走らないように気をつけよう。
今、リヴィオは不在だ。公爵家に帰省中。
公爵家の当主、ハリー=カムパネルラに新年の挨拶に帰るように言われていたが、私の護衛があると渋っていたところにジーニーが来て、学園は冬休みだから、僕が居るよと言ってくれた。
しかし別にどこかへ行く予定はないし、仮にも学園トップの成績をとった私だったのだから、大丈夫だと二人に言ったのだが、バシュレ家やゼイン殿下の一件があるから!と二人からの理解は得られず……ジーニーが護衛をしてくれている。
家で過ごす人が多いのか、お客さんもあまりいないので、スタッフも少ない。
この時期は旅館の方も閑散としていた。来週あたりからは予約がけっこう埋まっている。
「リヴィオがいないと退屈か?」
「なんでリヴィオなの?旅館にお客さんがあまり来ないから暇なのよ」
ジーニーが冗談なんだがと言う。ジーニーが言うと冗談に聞こえないよ……。
カリカリカリとペンを動かして、二人で事務仕事を片付けていく。静かな執務室。
確かに退屈だわ。事務もほとんど終えてしまった。ニューイヤーパーティはすでに昨日してしまったし……事件という事件はなかったけど、あえて言うなら執事のクロウはダンスの達人だったという意外な一面に驚いたことくらいだろうか?歳のわりにキレッキレだった。
「そういえば!!」
ガタッと私は椅子から立ち上がる。物置へと走る。そうだ!なんで忘れていたのだろう?お祖父様はたぶんニホンの人!
これでもない!あれでもない!と埃っぽい物置の箱をあけていく。
「これよ!!」
凧揚げ、羽つき、コマ回しなどお正月セットが出てきた。
「……お祖父様、前世ニホン人だったわけ?」
私は確信した。こんなお正月遊びを知っているなんて……あちらの世界の記憶があったとしか思えない。もっと早く記憶が私にあれば話せたのに。
小さい頃に、この遊び道具で遊んでもらったことを思い出した。
「オーイ。急に走っていくな……なんだこれは?」
「新年の遊び道具よ」
ジーニーの顔に疑問符が浮かんでいる。
「いらっしゃいませー!」
品の良さげな老夫婦がやってきた。銀色の縁のメガネをおそろいでかけている。本日のお客様だ。お婆さんの方は暖かそうなショールを巻き、優しい琥珀色の目を私に向けて、お出迎えありがとうと礼を言う。
「コパン様、寒かったでしょう?こちらへいらしてくださいな」
暖かな玄関へと案内する。……ふと足を止めるお爺さん。黒色の目を驚いて見開く。
「あれは……!?」
「凧揚げですわ。風の力で空に揚がるのです。新年ということで、いろんな遊びを楽しんでもらえたらと思い、館内にも用意してありますわ」
トトとテテが凧揚げをキャッキャッと言いながら揚げている。街の子どもたちもやってきている。
私がしていたら、空に揚がったものに気づいたらしい。なかなか覚えたてにしては揚げるのがうまい。
「風魔法使ってるな」
冷静に後ろで分析しているジーニー。えー!?そんな裏技してるの!?
「楽しそうですね。フフフ。子供達があんなに笑ってますよ」
お婆さんがそういう。お爺さんも頷く。
「平和な光景ですねぇ」
二人は話を聞くと結婚記念日らしい。
お祝いなので、特別室は高いけれど予約し、宿泊することにしたらしい。
「それはおめでとうございます。当旅館もお祝いさせて頂きます」
「ありがとう。このような歳になっても二人でいれることが奇跡です」
柔らかい声音で誰もがホッとするようなお爺さん。なんとなく祖父とは雰囲気も姿も違うけど、懐かしくなった。
「あら。このお茶の温度って飲みやすいように淹れてくれてあるのですね」
「はい。一度容器にお湯を入れ、それを急須に入れて、という一手間をかけさせて頂いてます」
やっぱりねぇ〜と嬉しげに笑う。
「先程、遊びに興味を持たれていましたので、このような物をプレゼントさせて頂きます」
私は小さなコマを渡す。
「……これは」
お爺さんが手にとってしばらくジッと動かずに見ている。しかし大切に手の中の物を包みこみ、まるで宝物をもらったかのようである。
「あ!そうですね。遊び方ですが……」
お爺さんがこうかな?とテーブルにおいて指で上についている棒を弾いてクルクルッと回す。放射線状の色とりどりの線が綺麗に見える。
「そうです!お上手ですね」
「おもしろい玩具ですねぇ」
お婆さんも自分のコマを楽しそうに回している。気に入ってもらえたようだ。繰り返し回し、二人で仲良く見ている。微笑ましい。
良いなぁ。こんな雰囲気の老夫婦に歳を重ねていってなれたらいいなぁ。私までホンワカ癒やされた。
失礼しますと挨拶して出ていく。
ジーニーが腕組みして待っていた。
「あの老夫婦なら大丈夫よ」
そこまで護衛しなくてもいいのよと私は笑ったが、ジーニーは笑わなかった。
「いや……あの老夫婦、初めて宿泊したのか?見たことないか?」
「ええ。今回、初めてご利用してくれたわ。私の記憶力知ってるでしょ?」
「そうだな。セイラが無いなら無いな」
記憶力に関してはジーニーより上だと思う。反則だろ!とリヴィオが言うくらい……学園のテストでは有利だった。
今はお客さんを覚えるのに役立っている特殊能力。学園の人を覚えられなかったのにお客さんは覚えられる。それだけ私が変化したのだろうけど。
広間の一室ではお正月遊びを楽しむ人達がいた。
「リヴィオ、どうしてるかしら?意外とこんな遊びを最初は馬鹿にしてるのに、楽しむ人よね」
私がクスクス笑うとジーニーはそうだなと同意する。
ジーニーがふとカルタコーナーで足を止める。
「これ、勝負しないか?」
「ええ!?……良いわよ。負ける気がしないわ」
私はニヤリとした。カードゲームは得意だ。
「勝ったほうが1つ相手の言うことを聞くというのはどうだ?」
「良いわねぇ〜。私が勝ったらジーニーにサニーちゃんの着ぐるみを着てサニーサンデーの宣伝をしてもらおうかしら」
ジーニーがもっとマシなお願い事はないのか?と半眼になる。
スタッフさんが私とジーニーのアツイ戦いに笑いを堪えながら札を読む。
「二階から目薬」
ハイッ!と私は札をパシッと叩く。フフンとジーニーにカードを見せる。動じない。余裕ね……。
「鬼に金棒」
ハイッ!と2枚目。楽勝だわ。セイラの特殊能力ありがとう!ありがとう!
「この変わった言葉はなんだ?」
ジーニーが気になったらしく、尋ねる。
「えーと、なんというか……ちょっとした知恵、教訓みたいな感じかな?」
「この頭隠して尻隠さずっていうのは?」
「自分が隠したつもりでも隠れてない……って感じかな?」
お祖父様作のカルタだけど、まさかのニホンのことわざとか……。
フーンと言いつつ、ジーニーは次の読み札どうぞと促す。スタッフが口を開こうとした時だった。
「そういえば、リヴィオに婚約者選びの話があるそうだ………ハイ!」
えーっ!?と言おうとした瞬間、札が取られる。
「ちょっ!ちょっと!」
ジーニーがニッコリと満面の笑みを浮かべた。
「たから帰省したくなかったらしいんだが……ハイッ!」
「ま、待ちなさいよ!」
「どうしてもとカムパネルラ公爵が言うから帰らざるを得なかったんだ……ハイッ!」
……この調子でジーニーはカルタの札をとっていく。リヴィオは公爵家三男として、そろそろ婚約者がいてもいいだろうという話らしい。
申し込む貴族たちは後をたたないようで、断るにしてもきちんと自分で断りなさいというハリー=カムパネルラの方針らしい。
いつもなら無視するリヴィオだが、バシュレ家のことで公爵家に借りがあるらしく、今回の帰省はカムパネルラ家当主である父の意向に従ったらしい。
「……ず、ずるーい!!」
終わってみるとジーニーが僅差で勝っていた。
「動揺しすぎだな。もっとうまく隠せ」
くっ悔しすぎる!しかもリヴィオの話で集中できないとか、余計になんか悔しさが増すわ。
「もう!ジーニーの望みはなによ!?1つだけ聞いてあげてもいいわよっ!」
ヤケクソ気味にそう言う。
「……そうだな。考えておこう」
そのうち忘れてしまえばいいわとブツブツ私は文句を言う。
早朝、コパン夫妻が旅立った。
「お風呂もお食事も良かったですが……」
そうねぇとコパン夫人が優しい笑みを浮かべて言う。
「お食事の時にさり気なく結婚記念日おめでとうございますとメッセージカードをおいてくださってたでしょう?」
「小さな気遣いだが、嬉しかったねぇと二人で言っていたんですよ。そして、このコマをありがとうございます。大切にします」
そう言ってくれた。馬車が見えなくなるまで私はお辞儀した。良い雰囲気のお客様だったな。
……良かったわよね!リヴィオ!と言おうとして振り返るとジーニーだった。なんか調子がくるうわねぇ。無言でみつめられたジーニーが首を傾げる。
「なんだ?」
「なんでもなーい。さあ、仕事よ!」
今日も始まる。私は屋敷の方へ一度行き、冬の花を温室で育ててくれているトーマスにもらって飾る。冬はなかなか無いので、貴重だ。
「リヴィオはいつ帰ってくるか聞いたの?」
私はそういえば休暇をくれと言われ、どうぞとしか言ってなかった。ジーニーがいつだったかな?と考えている。
「気になるか?連絡球で公爵家に連絡してみたらどうだ?」
「そこまでしないわ」
私は肩をすくめる。実家へ帰るのは久しぶりだからゆっくりしてきてほしい。
この日も少し暇を持て余しながら一日が過ぎたのだった。来週から忙しいから、たまにゆったりした時間もいいかもしれない。
気を抜いていたのか、私は執務室で夕方、うたた寝していたらしい。いつもリヴィオがゴロゴロしているソファが空いていたせいとも言える。
「おい。こんなところで寝たら風邪ひくだろーが」
「うーん……」
眠い。このまま寝ていたいが……っ!今、何時!?とパチッと目を開けた。
「ん!?あれっ?リヴィオ……夢なの?」
目の前でリヴィオが私の顔をのぞき込んでいた。
「なに言ってんだよ……実物だ」
「あら?おかえりなさい」
「ただいま」
ムクッと私は起きて挨拶する。リヴィオが優しく笑う。……やっぱり夢かな?
「まだ寝ぼけてるだろ……髪の毛ぐしゃぐしゃだぞ、ちょっと直してやるよ」
リヴィオはスッと私の髪に触れて、器用にまとめ髪を直していく。え!?こんなこと、できたの!?
「お休みはどうだったの?……ジーニーから婚約者選びに行ったと聞いたわよ」
「はあ!?あいつ、また余計なことを!」
リヴィオが怒ったように言うが、優しく髪の毛に触れていて、しばらく間があってから口を開いた。
「全員断った!自分で断れと言われたから、めんどくせーけどしかたなくな」
「モテモテね〜」
「ほとんど公爵家との繋がりが欲しいからだろーよ。貴族社会なんてそんなもんだろ。……できたぞ」
リヴィオがそういうと最後に髪の毛に何かをパチッと留めた。
「ん??」
「それやるよ。王都にそれ取りに行きたかったのもある」
なになに!?と思わず鏡でみた。髪についているのは銀色の細かい細工の中に真珠や青い宝石がついている……センスが良くて素敵だけど、かなり高価そうな髪留めだった。
「えええっ!なんで!?こんな高そうなものを!」
「セイラの黒髪によく似合ってる。いつも世話になってるから、その礼だ」
「私の方が護衛してもらっていて、お世話になってるわよ!こんなの悪いわ」
リヴィオがもう黙れという。ちょっと猫の耳があればションボリ垂れていた感じで呟くように言う。
「嬉しくないのかよ?けっこう髪留めができるまで時間かかってんだぞー。セイラの雰囲気に合うように作ったのに……職人にデザインも相談して、つける宝石も考えて……」
考えて!?と、特注なの!?!?
いや、それ以前に……あのリヴィオが!?学園時代も彼女かな?というのを見かけたことがあるけど、女性に優しく接している姿は一度も見たことない。どうしたのよ!?
うまくお礼が言えない。なんて言おう?
「いや、嬉しくないわけではなくて…申しわけなくて……」
私の出してる給料はそんな安くはないけど、こんな高価な物をポーンと軽く買える給料ではない。それゆえに余計に申しわけない。
「いいから!そう思うなら毎日つけてくれよな」
「あ、ありがとう」
リヴィオがやっと礼を言ったな!と安心して笑顔を見せた。私もやっとお礼を言えた。
わざわざ考えて作ってくれたことが嬉しかった。
……鏡に映った自分の顔が赤いことは見てみないふりをした私だった。リヴィオにはバレていただろうか?
こっちの世界では年が明け、食べたり飲んだり歌って踊ることが数日間続くらしい。
むしろ前世の記憶のほうがあり、除夜の鐘やら初詣に友達と行きたくなる衝動に駆られる。
変なことを口走らないように気をつけよう。
今、リヴィオは不在だ。公爵家に帰省中。
公爵家の当主、ハリー=カムパネルラに新年の挨拶に帰るように言われていたが、私の護衛があると渋っていたところにジーニーが来て、学園は冬休みだから、僕が居るよと言ってくれた。
しかし別にどこかへ行く予定はないし、仮にも学園トップの成績をとった私だったのだから、大丈夫だと二人に言ったのだが、バシュレ家やゼイン殿下の一件があるから!と二人からの理解は得られず……ジーニーが護衛をしてくれている。
家で過ごす人が多いのか、お客さんもあまりいないので、スタッフも少ない。
この時期は旅館の方も閑散としていた。来週あたりからは予約がけっこう埋まっている。
「リヴィオがいないと退屈か?」
「なんでリヴィオなの?旅館にお客さんがあまり来ないから暇なのよ」
ジーニーが冗談なんだがと言う。ジーニーが言うと冗談に聞こえないよ……。
カリカリカリとペンを動かして、二人で事務仕事を片付けていく。静かな執務室。
確かに退屈だわ。事務もほとんど終えてしまった。ニューイヤーパーティはすでに昨日してしまったし……事件という事件はなかったけど、あえて言うなら執事のクロウはダンスの達人だったという意外な一面に驚いたことくらいだろうか?歳のわりにキレッキレだった。
「そういえば!!」
ガタッと私は椅子から立ち上がる。物置へと走る。そうだ!なんで忘れていたのだろう?お祖父様はたぶんニホンの人!
これでもない!あれでもない!と埃っぽい物置の箱をあけていく。
「これよ!!」
凧揚げ、羽つき、コマ回しなどお正月セットが出てきた。
「……お祖父様、前世ニホン人だったわけ?」
私は確信した。こんなお正月遊びを知っているなんて……あちらの世界の記憶があったとしか思えない。もっと早く記憶が私にあれば話せたのに。
小さい頃に、この遊び道具で遊んでもらったことを思い出した。
「オーイ。急に走っていくな……なんだこれは?」
「新年の遊び道具よ」
ジーニーの顔に疑問符が浮かんでいる。
「いらっしゃいませー!」
品の良さげな老夫婦がやってきた。銀色の縁のメガネをおそろいでかけている。本日のお客様だ。お婆さんの方は暖かそうなショールを巻き、優しい琥珀色の目を私に向けて、お出迎えありがとうと礼を言う。
「コパン様、寒かったでしょう?こちらへいらしてくださいな」
暖かな玄関へと案内する。……ふと足を止めるお爺さん。黒色の目を驚いて見開く。
「あれは……!?」
「凧揚げですわ。風の力で空に揚がるのです。新年ということで、いろんな遊びを楽しんでもらえたらと思い、館内にも用意してありますわ」
トトとテテが凧揚げをキャッキャッと言いながら揚げている。街の子どもたちもやってきている。
私がしていたら、空に揚がったものに気づいたらしい。なかなか覚えたてにしては揚げるのがうまい。
「風魔法使ってるな」
冷静に後ろで分析しているジーニー。えー!?そんな裏技してるの!?
「楽しそうですね。フフフ。子供達があんなに笑ってますよ」
お婆さんがそういう。お爺さんも頷く。
「平和な光景ですねぇ」
二人は話を聞くと結婚記念日らしい。
お祝いなので、特別室は高いけれど予約し、宿泊することにしたらしい。
「それはおめでとうございます。当旅館もお祝いさせて頂きます」
「ありがとう。このような歳になっても二人でいれることが奇跡です」
柔らかい声音で誰もがホッとするようなお爺さん。なんとなく祖父とは雰囲気も姿も違うけど、懐かしくなった。
「あら。このお茶の温度って飲みやすいように淹れてくれてあるのですね」
「はい。一度容器にお湯を入れ、それを急須に入れて、という一手間をかけさせて頂いてます」
やっぱりねぇ〜と嬉しげに笑う。
「先程、遊びに興味を持たれていましたので、このような物をプレゼントさせて頂きます」
私は小さなコマを渡す。
「……これは」
お爺さんが手にとってしばらくジッと動かずに見ている。しかし大切に手の中の物を包みこみ、まるで宝物をもらったかのようである。
「あ!そうですね。遊び方ですが……」
お爺さんがこうかな?とテーブルにおいて指で上についている棒を弾いてクルクルッと回す。放射線状の色とりどりの線が綺麗に見える。
「そうです!お上手ですね」
「おもしろい玩具ですねぇ」
お婆さんも自分のコマを楽しそうに回している。気に入ってもらえたようだ。繰り返し回し、二人で仲良く見ている。微笑ましい。
良いなぁ。こんな雰囲気の老夫婦に歳を重ねていってなれたらいいなぁ。私までホンワカ癒やされた。
失礼しますと挨拶して出ていく。
ジーニーが腕組みして待っていた。
「あの老夫婦なら大丈夫よ」
そこまで護衛しなくてもいいのよと私は笑ったが、ジーニーは笑わなかった。
「いや……あの老夫婦、初めて宿泊したのか?見たことないか?」
「ええ。今回、初めてご利用してくれたわ。私の記憶力知ってるでしょ?」
「そうだな。セイラが無いなら無いな」
記憶力に関してはジーニーより上だと思う。反則だろ!とリヴィオが言うくらい……学園のテストでは有利だった。
今はお客さんを覚えるのに役立っている特殊能力。学園の人を覚えられなかったのにお客さんは覚えられる。それだけ私が変化したのだろうけど。
広間の一室ではお正月遊びを楽しむ人達がいた。
「リヴィオ、どうしてるかしら?意外とこんな遊びを最初は馬鹿にしてるのに、楽しむ人よね」
私がクスクス笑うとジーニーはそうだなと同意する。
ジーニーがふとカルタコーナーで足を止める。
「これ、勝負しないか?」
「ええ!?……良いわよ。負ける気がしないわ」
私はニヤリとした。カードゲームは得意だ。
「勝ったほうが1つ相手の言うことを聞くというのはどうだ?」
「良いわねぇ〜。私が勝ったらジーニーにサニーちゃんの着ぐるみを着てサニーサンデーの宣伝をしてもらおうかしら」
ジーニーがもっとマシなお願い事はないのか?と半眼になる。
スタッフさんが私とジーニーのアツイ戦いに笑いを堪えながら札を読む。
「二階から目薬」
ハイッ!と私は札をパシッと叩く。フフンとジーニーにカードを見せる。動じない。余裕ね……。
「鬼に金棒」
ハイッ!と2枚目。楽勝だわ。セイラの特殊能力ありがとう!ありがとう!
「この変わった言葉はなんだ?」
ジーニーが気になったらしく、尋ねる。
「えーと、なんというか……ちょっとした知恵、教訓みたいな感じかな?」
「この頭隠して尻隠さずっていうのは?」
「自分が隠したつもりでも隠れてない……って感じかな?」
お祖父様作のカルタだけど、まさかのニホンのことわざとか……。
フーンと言いつつ、ジーニーは次の読み札どうぞと促す。スタッフが口を開こうとした時だった。
「そういえば、リヴィオに婚約者選びの話があるそうだ………ハイ!」
えーっ!?と言おうとした瞬間、札が取られる。
「ちょっ!ちょっと!」
ジーニーがニッコリと満面の笑みを浮かべた。
「たから帰省したくなかったらしいんだが……ハイッ!」
「ま、待ちなさいよ!」
「どうしてもとカムパネルラ公爵が言うから帰らざるを得なかったんだ……ハイッ!」
……この調子でジーニーはカルタの札をとっていく。リヴィオは公爵家三男として、そろそろ婚約者がいてもいいだろうという話らしい。
申し込む貴族たちは後をたたないようで、断るにしてもきちんと自分で断りなさいというハリー=カムパネルラの方針らしい。
いつもなら無視するリヴィオだが、バシュレ家のことで公爵家に借りがあるらしく、今回の帰省はカムパネルラ家当主である父の意向に従ったらしい。
「……ず、ずるーい!!」
終わってみるとジーニーが僅差で勝っていた。
「動揺しすぎだな。もっとうまく隠せ」
くっ悔しすぎる!しかもリヴィオの話で集中できないとか、余計になんか悔しさが増すわ。
「もう!ジーニーの望みはなによ!?1つだけ聞いてあげてもいいわよっ!」
ヤケクソ気味にそう言う。
「……そうだな。考えておこう」
そのうち忘れてしまえばいいわとブツブツ私は文句を言う。
早朝、コパン夫妻が旅立った。
「お風呂もお食事も良かったですが……」
そうねぇとコパン夫人が優しい笑みを浮かべて言う。
「お食事の時にさり気なく結婚記念日おめでとうございますとメッセージカードをおいてくださってたでしょう?」
「小さな気遣いだが、嬉しかったねぇと二人で言っていたんですよ。そして、このコマをありがとうございます。大切にします」
そう言ってくれた。馬車が見えなくなるまで私はお辞儀した。良い雰囲気のお客様だったな。
……良かったわよね!リヴィオ!と言おうとして振り返るとジーニーだった。なんか調子がくるうわねぇ。無言でみつめられたジーニーが首を傾げる。
「なんだ?」
「なんでもなーい。さあ、仕事よ!」
今日も始まる。私は屋敷の方へ一度行き、冬の花を温室で育ててくれているトーマスにもらって飾る。冬はなかなか無いので、貴重だ。
「リヴィオはいつ帰ってくるか聞いたの?」
私はそういえば休暇をくれと言われ、どうぞとしか言ってなかった。ジーニーがいつだったかな?と考えている。
「気になるか?連絡球で公爵家に連絡してみたらどうだ?」
「そこまでしないわ」
私は肩をすくめる。実家へ帰るのは久しぶりだからゆっくりしてきてほしい。
この日も少し暇を持て余しながら一日が過ぎたのだった。来週から忙しいから、たまにゆったりした時間もいいかもしれない。
気を抜いていたのか、私は執務室で夕方、うたた寝していたらしい。いつもリヴィオがゴロゴロしているソファが空いていたせいとも言える。
「おい。こんなところで寝たら風邪ひくだろーが」
「うーん……」
眠い。このまま寝ていたいが……っ!今、何時!?とパチッと目を開けた。
「ん!?あれっ?リヴィオ……夢なの?」
目の前でリヴィオが私の顔をのぞき込んでいた。
「なに言ってんだよ……実物だ」
「あら?おかえりなさい」
「ただいま」
ムクッと私は起きて挨拶する。リヴィオが優しく笑う。……やっぱり夢かな?
「まだ寝ぼけてるだろ……髪の毛ぐしゃぐしゃだぞ、ちょっと直してやるよ」
リヴィオはスッと私の髪に触れて、器用にまとめ髪を直していく。え!?こんなこと、できたの!?
「お休みはどうだったの?……ジーニーから婚約者選びに行ったと聞いたわよ」
「はあ!?あいつ、また余計なことを!」
リヴィオが怒ったように言うが、優しく髪の毛に触れていて、しばらく間があってから口を開いた。
「全員断った!自分で断れと言われたから、めんどくせーけどしかたなくな」
「モテモテね〜」
「ほとんど公爵家との繋がりが欲しいからだろーよ。貴族社会なんてそんなもんだろ。……できたぞ」
リヴィオがそういうと最後に髪の毛に何かをパチッと留めた。
「ん??」
「それやるよ。王都にそれ取りに行きたかったのもある」
なになに!?と思わず鏡でみた。髪についているのは銀色の細かい細工の中に真珠や青い宝石がついている……センスが良くて素敵だけど、かなり高価そうな髪留めだった。
「えええっ!なんで!?こんな高そうなものを!」
「セイラの黒髪によく似合ってる。いつも世話になってるから、その礼だ」
「私の方が護衛してもらっていて、お世話になってるわよ!こんなの悪いわ」
リヴィオがもう黙れという。ちょっと猫の耳があればションボリ垂れていた感じで呟くように言う。
「嬉しくないのかよ?けっこう髪留めができるまで時間かかってんだぞー。セイラの雰囲気に合うように作ったのに……職人にデザインも相談して、つける宝石も考えて……」
考えて!?と、特注なの!?!?
いや、それ以前に……あのリヴィオが!?学園時代も彼女かな?というのを見かけたことがあるけど、女性に優しく接している姿は一度も見たことない。どうしたのよ!?
うまくお礼が言えない。なんて言おう?
「いや、嬉しくないわけではなくて…申しわけなくて……」
私の出してる給料はそんな安くはないけど、こんな高価な物をポーンと軽く買える給料ではない。それゆえに余計に申しわけない。
「いいから!そう思うなら毎日つけてくれよな」
「あ、ありがとう」
リヴィオがやっと礼を言ったな!と安心して笑顔を見せた。私もやっとお礼を言えた。
わざわざ考えて作ってくれたことが嬉しかった。
……鏡に映った自分の顔が赤いことは見てみないふりをした私だった。リヴィオにはバレていただろうか?