今日は温泉の浴場を洗う日なので、必然的に旅館もお休みである。
 
 リヴィオが屋敷の裏庭で何やら剣を振り回している。鋭く流れるような美しい剣さばきは、思わず魅入ってしまう。

 学園時代に私がなんとかリヴィオと戦闘術でやりあえていたのは演習を何度も行い、動きの癖、次に出るであろう技を記憶し予測出来ていたからに他ならない。今はずっと手合わせしていないから負けるだろうなと確信しつつも尋ねてみる。

「私で良ければ相手しようか?」
 
 私の顔を見るとさらに早くなる剣の動き。

「オレのためを思うなら放っといてくれ!くそーっ!」

 ……先日、ハリトに手首をとられてやられたことが相当悔しかったらしい。暇をみつけて鍛錬している。

 まあ、今の私じゃ、まったく相手にならないよね。

「汗をかいてるリヴィオ様もステキー!」

「やだ!私が飲み物をお出しするのよ」

 メイドたちが我先にと控えている。なんかデジャヴだわ。

 学園時代にもこんな風景見た記憶があるわ。

 ジーニーと玄関ですれ違った。

「あれ!?来てたの?こんな朝早くから何を……まさか!」

「朝風呂だ。銭湯の方へ行っていた」

 サッパリとした顔で現れる。お風呂にハマってるなぁ……手にはバニラ味のアイスクリーム。肩にタオルをかけている。

 普段、真面目で気難しい顔つきをしているので近寄り難いが、ジーニーもリヴィオに負けず劣らず美青年で端正な顔立ちをしている。茶色の髪と目は今はお風呂効果でリラックスしているようで、優しげな雰囲気である。

「昨日、学園祭で疲れた。癒やしにきたんだ」

「うわぁ。懐かしいわね!」

「昔のようにはしゃげないよ」

 ………いや、私達そんなに卒業してから年月経ってないよね?ジーニーが遠い目でそういうから勘違いしそうになった。

「そういえば、リヴィオはゼキ=バルカンにスカウトされたんだって?」

「聞いたの?」

 ハハッと何故か可笑しそうに笑うジーニー。笑顔でいるときは年齢相応の彼に戻る。学園長になってからは常に威厳を保とうとしている。

「ちゃんとジーニーに言ってあるのね。二人の信頼関係さすがだわ〜」

 私は感心する。ジーニーがふと笑うのを止める。

「ん?いや……セイラ、まだ勘違いしてないか?」

「え?なにが?」

 私が聞き返したところで屋敷の扉が賑やかに開いた。

「セイラーーっ!」

「休みなら一緒に遊ぶのだーっ!」

 手にはバケツと釣り竿。まさか……。

 ストロベリーブロンドの髪を二人は綺麗にまとめあげて、キラキラと光を反射する赤い宝石のような目で私を見ている。

「何をしたいのか、言わなくてもわかるわ……」

 トトとテテは夏の終わりから、ハマってることがある。

「今日こそは!あのデカい主を釣り上げるのだ」

「自動巻き上げ網作ったのだ!」

 クロウに屋敷の近くに主と呼ばれる魚がいることを聞いてから、あの手この手と作戦を練りながら頑張っているらしい。

 仕方ないわねとついて行くことにする。興味がないこともなかった。

 昔、私も幼い頃、教えてもらってから湖面をジーーーっと見ていた記憶がある。

「フッフッフッ」

 怪しげに笑いだすトト。デカい釣り竿を取り出す。餌をセット。

「うわ!その餌も工夫してあるのね」

「特別配合なのだ」

 よく晴れている日で、水面がキラキラ輝いている。チロチロ泳ぐ小魚が見える。周りの木々が少しだけ赤や黄色に色づき始めていた。

「気持ちの良い日ね〜」

 私がのどかな鳥の声を聞きつつ、そう言うと、テテが平穏な空気を破る。

「何を呑気なこと言ってるのだ!網をセットするのを手伝うのだ!」

 この日のために作ったというデカい網を水面近くにセット。ハイ……と私も手伝う。

 パラパラと撒き餌する。しばし待つ。

 湖面をみつめる真剣な二人の表情。興味のあることに夢中になれる二人はいつも楽しそうである。ちょっと羨ましい。
 
「トトとテテは大きい魚みたことあるの?」

『あるのだ』

「えええ!いたの!?」

「静かにするのだ。声が大きいのだ!」

 怒られた。ごめんと小さく謝る。

「散歩していた時、このへんで大きい影が泳いでいたのだ」

 テテが説明する大きさはこのくらい!と手で表す。私の身長よりやや小さいが………え!?そんなに!?

 しばらく私も湖面と釣り竿の反応を見ていたが眠くなってきた。ウトウトしかけたころ、トトが叫ぶ。

「釣り竿に反応アリ!」

「了解なのだ!」

 私も慌てて釣り竿のところで待機。

「これは大物なのだ!」

 しなる釣り竿。来る!私とトトが竿を抑える。テテが自動巻き取り網を噴射させるため構えた。

 ザバンッと音を立てて水面から飛び跳ねた銀色の鱗を持つ大魚!

「うわあ!!」

 私が歓声をあげると同時に網が噴射された。バッシャーンと盛大な水飛沫をあげ、私達を濡らして……釣り糸は切れ、網は空を切り……魚は悠々と逃げていった。

「改良の余地ありなのだ……」

「後一歩だったのに……」
 
 二人はガッカリとしている。

「でもすごかったわ!私も見てみたかったのよ。初めて見たわ!」

 私が大興奮しているのを横目に……二人は釣り竿や網を回収。

「セイラ!甘いのだ!」

「見て満足していたらダメなのだ!」

『これは戦いなのだーっ!』

 最後は二人の声がハモる。なんかすいません……と謝ってしまう。びしょ濡れなので二人はお風呂に入ると言って、銭湯の方へ向かっていった。私も着替えよう。屋敷へ一旦帰ることにした。

「うわ!どうされたんです」

 庭を通るとトーマスに呼び止められる。

「湖の主を捕まえようとして……」

「またクロウさんの話のやつですか!?いるわけないじゃないですか。なんで飛び込んだんです。すぐ着替えてください!」

 風邪をひかれます!とメイドを慌てて呼んでいる。いや、いたのよと言いたかったが、私の姿を見て悲鳴をあげたメイドの声に消される。

「お嬢様っ!こちらへ!」

 タオルと着替えをバタバタと用意してくれる。

「もういい年齢なのですから、そんな湖の主に挑戦しに行くのはおやめになってください!」

 説教されつつ、着替えた。いや、挑戦してるのはトトとテテなんだけど……。

 私が庭園に戻るとトーマスは忙しそうに動いていた。

「何してるの??」

「今日はさつま芋の収穫なんですよ」

「私も手伝うわ!」

 え!?と驚くトーマス。小さい頃はよく畑や庭を見て、手伝っていたが、最近は何もしてなかったと思い立った。

「久しぶりのお休みでしょう?ゆっくりとされてください」

 トーマスがそう言う。

「いつも美味しい野菜を作ってくれてるお礼よ!不慣れだから、あんまり手伝いにならないかもしれないけど……」

「そんなことないですよ!」

 トーマスはいつも優しい。私は小さい頃を思い出しながら、畑でさつま芋を掘り起こす手伝いに精を出す。

「さすかね。見事だわ」

 掘り起こして行くと大きさ、形、色の良い芋がゴロゴロでてくる。

 他の庭師達もそーでしょう!と自慢げな顔をする。

「トーマスさんの野菜の育て方ほんとに勉強になるんですよ!」

「こないだのカボチャもすごかったですよ」

 トーマスはイヤイヤと恥ずかしそうに首を振って謙遜している。

「でも本当にお客様にも野菜が美味しいってよく褒められるのよ」

「そう言ってもらえると嬉しいですよ」

 ニコニコと人良さげな笑顔で作業していくトーマス。

「さつま芋美味しそう……少しもらってもいい?」

「もちろんですよ!」

 トーマスは私が何かするのだろうと察している。私は掘り終えると準備にとりかかる。

「今年のさつま芋ですか?」

 料理長も様子を見に来て、参戦する。焚き火に火を付ける。あまり大きい火だと焦げすぎるから弱火で。

 その横で、簡易のかまどを作り、スライスした芋と長細くカットした芋を上げていく。砂糖と塩を用意。

「お嬢様!美味しそうですね!」

 そう言って、料理長とメイドがテキパキと椅子やベンチ、皿などを用意してくれている。

 ……簡単にしようと思ったけど、なんだか規模が大きくなってきてるような?

 匂いがしたのか、リヴィオがくる。

「なにしてんだ?」

「焼き芋大会よ」 

 なんだそれと言いつつも、手に飲み物を持って、待機している。すばやい。
 
 トトとテテも銭湯帰りに寄ってきて、仲間に入る。ジーニーも呼んであげようとトトが連絡をしてくる。

 気づけば、周りには人だかりが……トーマスは嬉しそうに、さつま芋を追加で持ってきた。

「サクッホクッとして、このスティックおいしい!」

 メイドがさつま芋スティックを食べて言う。

「このさつま芋のチップスもカリカリとしてうまい!」

 リヴィオは良い塩加減のチップスが気に入ったらしい。トトとテテもどれどれ?と食べてみて、これは!癖になるのだ!とハマってる。

「間に合ったな」
 
 ジーニーがちょうど焼き芋ができた頃に現れた。

「おまえ、めちゃくちゃタイミングいいな」

 リヴィオが言うとジーニーがちょっと回り道していたんだと言う。箱をパカッと開けるとバニラアイスクリーム。

「これを添えて食べたらおいしいんじゃないか?」

「わかってるわね。さすがねジーニー」

 私もその組み合わせ大好きです!
 ……何気にジーニー、アイスクリームにハマってるな。今朝も手に持っていたよね。

 手袋をして焼き芋を半分に割ると、黄金色だった。みんなに渡していく。ホカホカと白い湯気があがっている。

「素材がいいから、何をしても美味しいわね!」

「お嬢様!褒めすぎですよ。お嬢様の料理も上手なんですよ」

「私は焼いたり揚げたりしただけなのよ」

 褒め返されたが、そこは腕前関係ないだろうとツッコミを入れておく。

「皆さん、こんなのはどうですかな?」

 執事のクロウが料理長と一緒にスイートポテトをお盆に並べてもってくる。

「うわー!好きです!」

 私は立ち上がって一つ口にいれる。ほんのりラム酒が効いていて美味しい〜。

 秋晴れの屋敷の庭に笑い声が響く。
 その声に私は幸せな気持ちになったのだった。