冬が過ぎ、少し暖かくなってきて雪が溶け、地面にも緑の草がピョコピョコ生えだした。
 そんな頃に旅館が完成した。木の温かみが感じられる建物。石畳を歩いて行く。庭には泉と木々、四季折々の花。ニホンにあったチョウチンとやらに似たものを吊るし、中には明かりを灯せる魔法球を入れた。

「これは、面白い形の建物ですなぁ」

 執事のクロウが楽しげに言う。建築家のベントがどこか誇らしげに胸を張りつつ、私の顔を見た。

「お嬢様の案を採用させてもらいましたが、なかなか興味深い案でした」

「私もここまでできると思わなかったわよ。ベントさすがねぇ」

 私に褒められてベントはいやいやと謙遜して手を振る。

「中に入ってみてもいいのか?」

 リヴィオがスタスタと歩いて行き、一番に入ろうとする。

「も―!もう少し外観も観なさいよね。……でも、まあ……良いわよ」

 風情のないやつだわ!庭園も見なさいよねぇと思いつつ、中を渋々、案内することにした。

「なんだ?この匂い?香水??」

「香水じゃないわよ。お香を焚いてあるのよ」

 入口にお香を焚いたため、館内は良い薫りがした。

「いらっしゃいませ!」

 5名ほどのスタッフがお辞儀して出迎えてくれる。キモノは扱うのが難しいので深緑のメイド服で制服を作った。下男達もドアボーイのような服を着せてる。
 フロントにはこの時期に咲く、花の木を飾ってある。窓の上部にステンドグラスを入れてあり、光が差し込むとキラキラと何色も映し出されて光る。

「へえええ。良いな!」

「そうでしょうとも」

 ウンウンと頷く。客室にも案内する。廊下をあるいていると、新しい木の香りがする。
 部屋には花の名をつけてある。
「サクラ」「モモ」「キキョウ」などだ。リヴィオが興味津々に扉を開ける。

「アパートの簡易版か?宿泊施設にしては立派すぎるな」
  
 テーブルにはお菓子とお茶を用意してあり、一部屋ごとに温泉がひかれた蛇口があり、お風呂に個室で入れるようにしてある。

「個室でお風呂に入れるということは貴族や王族とかも大丈夫でしょ?もちろん、大浴場もあるわよ」

「なるほど!ターゲットは平民だけじゃないんだな」
 
 そういうことよ!と力強く私は頷いた。

「身分関係なくくつろげ、過ごせる宿よ。宴会用の大広間にお部屋でのお食事、どちらでも楽しめるようにしたわ」

「こんな宿、見たことないな」

「メインへ行くわよ〜」

 私は足取り軽く、大浴場へと行く。ドアを開けるとムアッとした空気と共に白い湯気があがっていた。

「これは……プール?」

 リヴィオが目を丸くした。
 銭湯とは規模が違う。
 広い浴場が一つ。龍の口から流れる源泉が中央にある。小さいお風呂が4つ。そこには庭園でとれた薬草風呂、ハーブ風呂、泡のでるお風呂。もう一つは……。

 「つめたっ!なんだこれ!?」

 「水風呂よ。こっちがサウナ」

 小さいドアを開けると中には温熱球があり、かすかに優しいハーブの香り。

「暑いがなにするところだ?」

「ここでジワジワゆっくり汗をかいて暑さに我慢をしてから、水風呂に入ると最高に気持ちいいわよ」

 リヴィオが訝しげな顔になる。

「そうか?流行るか?これ??」

「万人受けはしないかもしれないけど、ハマる人はハマるわよー」

 私はこっち!こっちー!と外へ手招きする。

「次は露天風呂よ!」

「外の風呂!?なんだこれ!?!?」

 雨が多少降っても大丈夫なように屋根付きの場所があり、周りには木々や茂みを植えたりお湯の流れる川の様な場所を作り、音も楽しめるようにした。

「なんというか……もう言葉がみつからねー」 

 リヴィオはもはや驚きを通り越して呆れてさえいる。

「どう?体験してみる?」

 私の言葉にゆっくりと考えるように頷く。恐る恐るという感じもする。

「じゃあ!みんなを誘って入りましょ」

 トトとテテ、トーマス、ベント、クロウなどの面々を読んでくる。
 
 まず入口に『温泉へ入るときの心得』ときまりを書いた表示に目を向けさせる。

 一つ、入る前にかけ湯をする。
 一つ、タオルは温泉の中へ入れない。
 一つ、お酒を飲んだら入らない。
 一つ、水分補給をしっかりする。
 一つ、お風呂場で走らない。
 
「こんなものかしら?気をつけて入ってね」

 男性陣に説明した。庭師のトーマスが胸を張って言う。銭湯愛用者でもある。

「銭湯で慣れましたからね!任せてください!サウナに入ってみます!」

「まあ、中にスタッフがいるから、説明してくれるからね」

 大丈夫よ!と一番不安そうなリヴィオの方をチラリと見て言った。この世界の人達は不慣れな人が多いので、温泉の中にスタッフを配置し、洗面器や椅子を片付けたり、掃除したりしがてら質問に答えられるようにしてある。

 私はトトとテテと一緒に女湯でマッタリと入る。

「あっ!頭にタオルかわいいのだ!」

「するのだ!」

 私が頭にタオルをのせて湯船に入っていると真似をする二人。銭湯にも行っていたようで、前より落ち着いてお風呂を楽しめている。

「外のお風呂いってみるのだー!」

「サウナ、あつーいのだー!」

 ………落ち着いて楽しめてると思う。

「はーーー。いいわーー」

 ふわふわと立ち上る湯気に顔を当てながら。手足を伸ばす。体が温まるとなんだか気持ちも前向きになれる。
 薬草風呂に入ると小さい怪我が治っていく。この効能はなかなか凄い。ハーブも香りに癒やされるーっ!他のお風呂もゆっくり楽しむ。湯の温度を変えてあり、薬草とハーブの方はぬるめで長く入れるようにしてある。

 ………この旅館、この世界で温泉旅館を味わえたら良いなと思って建てたけど、もし流行らなかったら、私の趣味の館になったらなったでいいかもしれないと一瞬、独り占めしたい気持ちに駆られたが、頭を振る。待て待て。私は領主!皆を養わなくてはっ!

「危ない。自分の欲に負けかけたわ」

 ザバッとお風呂から上がる。サウナのドアがバンッと開いて、トトとテテが出てきた。サウナにハマった模様だ。

「キャハハ!暑いのだー!」

「ヒャッホーイ!」

 ドボーンと水風呂に飛び込んでいる。気持ちいいー!と大騒ぎ。

 ……後で湯船には飛びこみ禁止と書いておこう。

 お風呂から上がって旅館スタイル。つまりユカタに着替えて、髪の毛を乾かす。化粧水やクリーム、洗顔用の石鹸も常備して置いてある。化粧水をつけておこ……。
 トトとテテもお風呂から上がって来たので、ユカタを着せて、更衣室の隣りにある休憩室へ入る。
  
「冷たい飲み物選べるわよ」

『アイスクリームは!?』

 さすがに設置してない。水、レモン水、お茶、ハーブ茶。双子はガッカリしている。

「どーしても食べたいのだ」

「なんでないのだ?」

 私はレモン水を飲みつつ、考える。トトとテテはしぶしぶお茶を飲んでいた。お風呂上がりにはしっかり水分をとったほうがいいが、確かに、そういう要望もあるかもしれないな。

「部屋から注文できるようにすればいいのかな?ルームサービス的にして……自販機等とか?」

 ブツブツ言う私を横目にトトとテテはいろんな飲み物試そー!とか言って盛り上がっている。

 男性陣は上がってきて、玄関ホールのベンチに腰掛けて、サウナについて語っていた。

「いや、発汗するとなんだか体の中まで綺麗になるというか」

「暑さに耐えた後のあの水風呂がなんとも言えない」

「あのギリギリ感はなんだろうな?達成感があった」

 やけに楽しそうだ。

「思った以上に良かった」

 リヴィオが腕を組んで満足そうに言う。そして驚きの一言を放つ。

「プレオープンは父母か兄妹達を呼んでもいいか?」

『公爵家を!?』

 皆のハモる声。
 私はリヴィオがあまり公爵家に関わりたくなさそうだと思ったので意外だと思った。

「これで良ければ宣伝してくれるだろ?」

 ……公爵家坊っちゃんが立派な商人になったな。宣伝とか言っちゃってるあたり、私の影響かな?カッコイイエリート騎士になってるはずだったのにこれでいいのか?

「そうですが、お客様に公爵家の面々を迎え入れるのは、こちらとしては敷居が高いですね」

 トーマスがやや遠慮がちにそう言う。

「貴族たちの方が余暇を楽しむ傾向があるから、当分のターゲットはそっちのほうがいいだろう」

「確かに。それに公爵家の方々を満足できるオモテナシをすれば、皆の自信にも繋がると思うわ!」

 やりましょう!と私は皆を鼓舞した。リヴィオがふと思い出したように言った。

「そういえば、エスマブル学園長のあいつも来たがっていたぞ」

「ジーニーが!?」

 忙しそうだけど大丈夫なのかしら?と私は首を傾げつつ……でも来てくれるなら有り難いことだし連絡をしてみようかな?

「プレオープンがうまくいったら、王都や各地に広告を出すわ。皆、よろしくおねがいします」
 
 私はワクワクしながら予約表に書き込んだのだった。