帰国後のたけちゃんは大忙しだった。オリンピックフィーバーが終わり落ち着いてから家で2人だけの祝勝会をし、金メダルが私に手渡された。

「はい、お土産」

「たけちゃん、改めておめでとう」

「うん、ありがとう」

 そして私達は元の生活に戻った。

 試験まであと半年。次は私が頑張る番だ。

 決して楽ではないが、私はこの時のためにこれまで丁寧に勉強を続けてきた。手を抜きたくなる時もあったが、ぐっと堪えて頑張った成果を確実に感じていた。

 ここまでくればあとはこれまでの自分の努力を信じるしかないだろう。今は大きく体調を崩さないことの方が重要だ。

 たけちゃんが試合を調整して私の試験に短いオフシーズンを合わせてくれていた。試験前の大詰めに入ってから体調管理をたけちゃんに丸投げし、私は勉強だけに集中した。

 そして迎えた試験の日。私の体調は万全。あとは全力で試験に挑むのみだった。

「じゃあ、行ってくるね」

「うん、絶対大丈夫だから、落ち着いて」

「うん、ありがとう」

 ‥‥‥‥そして、試験が終了した。

 やれることは全てやりきった。結果が出るのは3月、それまでやることは何もない。

 今日はたけちゃんが大学でトレーニングをしてるというので、私は久しぶりに練習を覗きに行くことにした。

 自転車に乗って体育系の施設が集まるエリアを目指す。家に籠って勉強ばかりしていたせいか、外気の冷たさが骨身に染みるようである。

 道場の入り口付近は以前のような女子のたまり場にはなっておらず、これならゆっくり覗き見ができそうだ。こそこそと近づいてそっと中を覗くと‥‥

 はああ‥‥生たけちゃん‥‥最高過ぎる‥‥

 いや、別に、毎日家で会ってるんだけどね?

「あれ?もしかしてのぞみさん?」

 うしろから声をかけられビクッとした。ふり返るとそこにいたのは前に私を起こしに来てくれた後輩君。

「本郷先輩ですか?俺、呼んできますよ?」

「いや!いいの!大丈夫!もう帰るから!」

 よく考えたら逃げる必要はなかったが、今更練習を見学するには、覗き見歴が長過ぎてなんか落ち着かない。

 やはり覗き見はいい。なんか初心に返るな。

 謎の満足感を覚えながら、私は家へ戻った。

 だがそう毎日覗き見はできないだろう‥‥しばらく暇な日が続くのだ。何かやることを探さないとまた勉強を始めちゃいそうな自分が怖い。