数日前にテレビの前に持ってきたダイニングテーブルで私は国家試験の勉強に励んでいた。

 深夜のため音量を小さく絞ったテレビの画面には、柔道の試合が映されている。

 余裕がなかった私はたけちゃんの試合を見に行く機会が全くなくなり、高橋との試合を見て以来、今回のオリンピックがはじめての試合観戦だった。

 テレビに映るたけちゃんは驚く程にかっこ良くて、まるで私の知らない人のようだった。

 いつも遠目で見ていた試合がテレビだと凄くハッキリと映されていて、元々綺麗だと思っていたたけちゃんの一本は、まるで芸術作品のような美しさであることを知った。

 そう感じていたのは私だけではなかったことをテレビの解説で知り、思わずテレビの中の人と会話してしまう程嬉しくなった。

 もうすぐ決勝戦が始まる。

 相手はブラジルの選手で、国際大会で何度も優勝したことのある重鎮だと解説の人が言っていた。

 でもたけちゃんも負けていない。私の部屋にはたけちゃんが持ち帰ったメダルやトロフィーがいくつも並んでいるのだ。

 予定時刻になりたけちゃんがテレビに映ったので少しだけ音量を上げ、テーブルを前にずらした。

「たけちゃん、頑張れ‥‥」

 祈るような気持ちで声援を送る。

 その時、テレビの中のたけちゃんが右手の親指で左の頬を擦るような仕草をした‥‥

 あの時の傷痕‥‥?普段気にしたことがなかったから忘れていたけど、たけちゃんの頬には私のおでことぶつかった時にできた傷が今も残っていた。

 それに触ったたけちゃんは、もしかしたら今私のことを思い浮かべてくれているのかもしれない‥‥そう思うと胸が熱くなった。

 試合が始まった。

 さすがにそう簡単には技をかけさせてもらえず、相手に指導が入る。一転して相手が仕掛けてきたが、うまく逃げるもポイントを取られてしまう。たけちゃんが様子を伺い、相手が隙を狙ってくる。おされてるようにも見えるが‥‥大丈夫、たけちゃんは落ち着いてる。

 勝負は一瞬でついた。

 たけちゃんの誘いにのって相手が技をかけようとした隙をつき、たけちゃんが相手の体に潜り込んだ‥‥まるで教科書にのせられそうな程綺麗な一本背負いだった。

 試合後のインタビューや表彰式で、たけちゃんは何度も左頬の傷に触れていた。普段家では見たことがなかったので今まで気づかなかったが‥‥その姿を目にする度に『のぞみ』と囁かれているような気分になり、私はテレビの前でひとり真っ赤になってしまった。