「ただいまー」

「おかえり!のぞみ、最後飯食ったのいつ?」

「え?あー‥‥仕事が終わって着替える前にコーヒー牛乳でパンを流し込んだ」

「電車で眠れた?」

「うん、寝過ごした」

「じゃーとりあえず風呂入ってこい」

 流れるように浴室に押し込まれ、言われるままシャワーを浴びた。

 脱衣所に置かれていたパジャマに着替え、髪を拭きながらダイニングに向かうとご飯のいい匂いが漂っている。

「飯、まだ食えそうか?」

「うん!いい匂い!いただきまーす!」

 久しぶりに食べるたけちゃんのシチュー‥‥五臓六腑に染み渡るとは、多分このことだろう。

「今回はのぞみが帰る日に家にいられて良かったよ。前回、まじやばかったもんな?」

「あー‥‥前回は特に長くてきつかったから‥‥」

 思い出すだけで身震いがくる程前回の研修は酷かった。途中から完全に家畜の境地に至っていたと思う。

 帰宅後気を失うように眠り始めてしまった私は、連絡がつかないことを心配して大騒ぎしたたけちゃんが召喚した大学の後輩に叩き起こされ、死ぬ程ビックリさせられた。

「でもあれは後輩君がかわいそうだったよ‥‥」

 想像してみて欲しい‥‥先輩の指示で知らない家に行き、悪臭を放つ人間が玄関に転がっているのを発見させられた彼の心境を‥‥

「研修の山場は今回で越えたんだよな?」

「うん。あとは大学の病院でちょこちょこあるだけだから、もうあんなことにはならないよ」

 食べることと寝ることがいかに重要か、身を持って知った2年間だった。これを乗り越えた私は、かなり強くなったと思う。

「そっか、じゃあ少しは落ち着くってこと?」

「うん、そうだねー。そろそろ試験の準備も始めないとだけど、まあ少しは落ち着くかな?」

 たけちゃんが私の様子を伺うようにしてソワソワしている。何?どうしたの?

「‥‥‥‥実はさ、少し前にオリンピックの代表に選ばれたんだ」

「え!?本当に!?」

「うん」

「何それ!?凄くない!?」

「うん、凄いよな?」

「凄い!凄いよ!たけちゃん凄い!」

 あまりに驚いて語彙力が馬鹿になった。

「あれ?オリンピックっていつだっけ?」

「今年の8月」

「今年の8月‥‥」

 今年の夏は実習をこなしながら試験勉強をして、就職先の病院を探すマッチングも始まっている予定である。

「絶対応援行けないじゃんか‥‥」

「でも、ここで応援してくれるだろ?俺はそれで十分だから。オリンピックのメダル、のぞみにプレゼントしてやるから待ってろよ?」