限界ギリギリまで勉強を続けるのぞみは、まるでスイッチが切れたかのように眠りにつく。

 どうして医学部だったのかは聞かなくてもなんとなく想像ができる。それがのぞみらしくて微笑ましくもあるが、くすぐったくも感じた。

 眠っているといつもは前髪で隠されている傷痕が今はハッキリと確認できた。

「せっかく治ったのにな‥‥」

 傷痕を軽く撫でながら愚痴をこぼす。俺の頬にもあの時の傷痕が薄く残っている。自分の頬とのぞみのおでこをそっと重ねると、それはまるで対のようだと感じられた。

「のぞみ、おやすみ‥‥」

 一緒に暮らしていると言っても、顔を合わすのは夕飯の時くらいで、今は会話もほとんどない。単純にのぞみに余裕がなさ過ぎるのだ。

 のぞみがこんなに頑張っているのは、多分俺のため。会話なんてなくても十分想いが伝わってくる。

 この生活が俺に充足感をもたらし、それがこれまで以上に俺のメンタルを安定させ、戦績にダイレクトに現れるようになっていた。

 手応えは感じてるのに、高橋に及ばない。あと一歩、何かが足りないがそれが何かはわからない‥‥そんな感じだった。

 それが、強化選手に選ばれたことで、その問題が解決する。

 中学・高校・大学と名門校の誘いを蹴り続けた俺は柔道の偉い人達から嫌われていて、これまではその機会がなかったのだが、去年大きな大会で準優勝したことで自動的に選ばれることになったのだ。

 辞退することも考えていたが、のぞみに説得されて参加を決めた。その強化合宿で、俺は自分が一皮剥けるのを実感した。

 言葉では言い表せないが、足りなかった何かを肌で感じ、見えていなかったものが見えてきた‥‥そんな気がしてならなかった。

『覚醒』

 そんな言葉が脳裏を過る程、自分が強くなったという確信があった。

 今度こそ勝てるかもしれない‥‥

 そう感じた俺は、のぞみに高橋との試合を見にきて欲しいと伝えた。

 やっとあの時の約束を果たせる。

 約束を果たした時、俺はのぞみに想いを伝えようと考えていた。

 でもそれはのぞみが医者になってからにしようと思っている。

 だから今は‥‥

「のぞみ!!!」

 俺はこの勝利をのぞみに捧げる。

『のぞみ‥‥愛してるよ‥‥』

 直接それを伝えられる日まで、俺はのぞみに勝利を捧げ続けようと思う。