県大会の決勝で、俺はもがき苦しんでいた。

 このまま俺は負けるのか?負けたくない‥‥でも体が思うように動いてくれない‥‥それはまるでのぞみがいなかったこの1年を集約したような状態だと思った。

『やだ!たけちゃん!!負けないで!!!』

 のぞみの声が聞こえた気がした。聞こえるはずのないその声に、体が素直に反応する。

 のぞみがそう望むなら、俺は負けられない。

 押さえ込みが外れ試合に戻る前、声がした方に目をやると‥‥のぞみが泣いていた。

 え?俺がのぞみを泣かせたのか‥‥?

 俺が弱くてのぞみが泣くなら、俺はなんのために頑張ってるんだ?そうか‥‥のぞみがいないと弱くなるなら、俺がのぞみを絶対に放さなければいい、簡単な話だ。

 カチッと何かがはまる音がした。

 軽く息を吐き出す。

 この1年、筋トレも訓練も人一倍頑張ってたから体の心配は無用。大丈夫、絶対に勝てる。

 俺は完全復活した。

 それでもやっぱり高橋には勝てなくて、だが不思議と焦りはなかった。のぞみが応援してくれている限り、俺は頑張れる。

 進路を決める時期が来て、俺はのぞみが追いかけてきてくれることを信じて家を出る決意をした。

 そして1年後、のぞみは医学部に入学した。

 俺は将来現役を引退したら高校で柔道の指導をしたいと考えていた。そのためには教員免許が必要で、それには教育実習がネックになっていた。

 俺は母校に連絡し事情を説明して、特例で2年の春に実習を受け入れてもらう許可をもらっていた。

 2週間の実習を終えてすぐ、俺は連絡がつかなくなっていたのぞみの家に駆けつけた。

 医学部が厳しいことは有名で、想像していた通り、のぞみはボロボロの状態になっていた。

 このまま放っておくとのぞみがまた倒れてしまう‥‥そう考えた俺は、まず両親に相談して寮を出る許可をもらった。

 その後のぞみの親に会いに行き、自分はのぞみのことが好きで、一生をかけて守りたいと考えていることを伝えた。

 いずれ本人に想いを伝えるつもりだが、今はまだその時ではないと考えていること‥‥そばでのぞみを支えたいが、現状ではそれが難しいことを伝え、同居の許可が欲しいとお願いした。

 『同棲ではなく同居』と念をおされ、それでも『むしろありがたい』と喜んで同居を認めてもらえた。

 こうして俺達の新しい生活が始まった。