春になって私は無事進級し、たけちゃんは学生最後の年が始まった。

 去年の大会で準優勝したたけちゃんは強化選手に選ばれ、遠征や合宿で家を空けることが増えるらしい。

「家事は俺がやるって言ったのに本当ごめん」

 強化選手に選ばれたことより家事の心配をするたけちゃんに呆れてしまう。なんなら辞退しそうな雰囲気まで醸し出すもんだから、慌ててそれを否定する。

「私は本当に大丈夫だから!来年から臨床実習が始まるから、今年は資本となる体作りが重要なんだって!だからたけちゃん頼りじゃなくてちゃんと自分でコントロールできるようになっておかなくちゃいけないし、むしろ丁度良かったまであるよ!」

 体力アップが必要なのは本当だ。それなしでは来年からのハードなスケジュールを乗り越えられないだろう。

「私も頑張るから、たけちゃんも頑張って!」

 私の世話をするために強化選手を辞退するなんて、どう考えてもあり得ない。

 実際に遠征や合宿が始まると、たけちゃんの様子が目に見えて変わった。

 国内トップクラスの選手達が集まる中での訓練は得るものが多く、かつてない程の刺激を受けているのだろう。

「よくわかんないけど、視界がクリアになったような、そんな感じでさ。ここで頑張れば、またひとつ壁を越えられそうな気がするんだ!」

 たけちゃんは珍しく興奮し、目をキラキラさせながら合宿の話をしている。

 小学生だったたけちゃんが本格的な道場に通うようになったのは、早い段階で才能を見いだされたからだったそうだ。

 中学生になる時、コーチに柔道の名門校へ進学した方がいいと言われ、たけちゃんがそれを拒否したのだという。

 高校生の時も同様で、名門校からのスカウトを蹴って家から通える桃蔭への進学を選んだのだ。

『強くなるために柔道を始めた』

 以前そう語ったたけちゃんの言葉に嘘はないはずだが、彼が選んだ道はそれと逆行しているように感じる。

 たけちゃんが何故その道を選んだのかはわからない。

 これまでたけちゃんが選ばなかった場所でしか得られない何かがあって、自分の力で強化選手になったたけちゃんは、それをようやく手に入れようとしているのかもしれない。

「今よりもっと強くなったたけちゃんか‥‥楽しみだな」

 たけちゃんの勇姿を想像して、ふと呟いた。

「のぞみ」

 名前を呼ばれて意識を戻すと、さっきまで笑顔だったたけちゃんが真剣な顔をしていた。

「何?どうしたの?」

「今年の大会、できれば見にきて欲しいんだ」