たけちゃんは完全に負のループにはまっているのだろう。

 県大会の一回戦。たけちゃんは試合前から顔に焦りが浮かんでいる。こんな余裕のないたけちゃんは見たことがなかった。

 それでもどうにか勝ちをもぎ取り続け、やっと迎えた決勝戦。

 相手はこれまで何度となく勝利してきた県ナンバー2の及川君。彼はたけちゃんに勝つことを目標に練習に励んできたのだろう。顔に気合いが入っている。

 県内にたけちゃんがいたから全国に行けないというだけで、及川君は決して弱くない。だから当然、不調続きのたけちゃんが押される試合展開になっていた。

 苦しい時間が続き、いつの間にか噛んでいた唇から血の味がする。

 及川君が続けてポイントを取り、反撃したたけちゃんが逆に技をかけられ、そのまま押さえ込まれてしまった!

 確か、押さえ込まれた状態を外さないと一本を取られてしまう‥‥たけちゃんはもがいているが、及川君も必死で押さえ込む。

 駄目!たけちゃんが負けちゃう!

 視界が歪む‥‥泣いてる場合じゃないのに涙が止まらない‥‥

「やだ!!たけちゃん!!負けないで!!!」

 私が応援に来てるのは秘密だからばれたらまずいけど、後先なんて考える余裕もなく、叫ばずにはいられなかった。

 次の瞬間、及川君の押さえ込みが外された。

 良かった‥‥ほっと息を吐いた時、観客席を振り返ったたけちゃんと目が合った。

 まずい‥‥慌ててバッグで顔を隠すも、絶対目が合った。完全にばれた。

 すぐに試合が再開され、たけちゃんが一瞬の隙をついて及川君を投げ飛ばし、見事に一本勝ちで優勝を決めた。

 私は逃げるように会場をあとにし、たけちゃんからも連絡はこなかったので、隠れて応援に行ってたことは不問とされたようである。

「たけちゃんの一本、綺麗だったな‥‥」

 壁を越えたかと思われたたけちゃんだったが完全復活とはいかなかったのか、関東大会は4位、全国大会では三回戦で高橋と当たり5位入賞を果たした。

 県大会突破も危ぶまれていたのだから、この結果はまずまずだったのではなかろうか。

 全国大会でそれなりの結果を出したたけちゃんは、スポーツ推薦で国立大学へと進むことになった。

 さすがに家から通うことは叶わず、卒業式の数日後、たけちゃんは大学の寮に入るため県外へ引っ越した。

 たけちゃんと顔を合わせなくなって1年半。

 でも毎日練習を覗いてたし家も隣りで、離れている実感はあまりなかった。

「よし、受験だ」

 1年後、私が大学に行くまでの辛抱だ。たけちゃん、待っててね。