「のぞみ!大丈夫だから!飛び降りろ!」

 恐る恐る声がする方を見下ろすと、小さい男の子が精一杯腕を広げて私を見上げている‥‥

 これは私が4歳になったばかりの頃実際に起こったこと。そして多分私の最初の記憶だ。

 この後のことは親から聞いて知っているだけで、記憶としては残っていない。

 小さい頃の私は年子の兄に懐いてよくうしろをついて回っていた。そして兄の真似をしてブロック塀をよじ登り、物置小屋のてっぺんにたどり着いてしまったらしい。

 現在も実家の裏手に残っているその物置小屋は、大人が屈んでやっと入れるくらいの小さなもので、高さは160センチもないと思う。

 だが4歳の私にとっては十分過ぎる程の高さだったのは想像に難くない。登ったはいいが降りることができなくなってしまったのだろう。

 怖くて泣き出してしまった私を見てまずいと思ったのか、兄は早々に逃げ出した。だけどお隣に住む兄と同い年の男の子たけちゃんは、必死で私を励ました。

 どうにかしてブロック塀から降りるよう誘導するも泣いてばかりで動こうとしない私に、たけちゃんはしびれを切らした。

 彼も5歳だったのだ。そのわりには頑張った方である。早々に逃げ出した兄とは大違いだ。

 話を戻そう。たけちゃんはブロック塀への誘導を諦め、飛び降りた私を受け止めるという無茶な作戦を思いついてしまったのだ。

 そして私の最初の記憶に戻り、記憶がそこで止まっているのは、その作戦がやはり無茶だったからである。

 たけちゃんは私を飛び降りさせることには成功したが、受け止めるのは半分失敗した。

 私とたけちゃんは顔面同士を強く打ちつけ合い、私達はその衝撃で脳震盪を起こし失神。倒れた拍子にたけちゃんの体の下に回っていた私の右腕は骨折。ちなみに打ちつけ合った私のおでことたけちゃんの頬は盛大に切れていて、流血の大惨事となっていたそうだ。

 それでも半分成功とされたのは、たけちゃんが失神しても尚、私を抱きとめたままだったからなのだという。

 それ以降、私がうしろをついて回るのが兄ではなくたけちゃんへと変化したのは、当然の結果である。

 自分を見捨てた兄なんかより、身を投げ打って助けてくれたたけちゃんを、私は大大大好きになった。

 そしてそれは今も継続中なのである。

 滝沢望(たきざわのぞみ)、14歳。

 私は中学生になった今も変わらず、お隣に住む兄と同い年の男の子たけちゃんが大好きだ。