ちょうど作り終えた時、玄関から人の話し声が聞こえてきた。
今日は本家から伊藤さん以外にもお手伝いさんが来ているので、その人が滉雅さんをお出迎えしてくれたのだろう。
「一条ノ護滉雅様がいらっしゃいました。今は旦那様が対応されておりますので、舞様もすぐにお茶の間に行ってくださいませ。お料理を運ぶのはこちらでやりますから」
「はい、わかりました。よろしくお願いいたします」
お手伝いさんに促されて手早く割烹着を脱ぎ、本家のお嬢さんのお下がりの着物に着替える。
お化粧もして、こめかみを徹底的に隠す。
う、うう~~~ん……思った以上に青黄色、だけれど……なんとかなる、かなぁ?
……なんか、この、みっともない怪我をあの人に見せたくないって思っちゃうのは……女心ってやつなのかねぇ?
「まあこれならバレないだろ。よっしゃ、行くぜ」
拳を握り、気合を入れ直す。
立ち見鏡の中の俺はちゃんと結構可愛いし、大丈夫のはず。
まあ、平凡って言われたらそれまでだけれど。
茶の間の襖を開ける前に正座して「失礼いたします」と声をかける。
返事があったら数センチだけ開けて、一度止め、一気に開く。
結城坂舞として生まれてから教わった作法。
入室してから畳の縁を踏まぬよう正座して、頭を下げる。
「本日はようこそいらっしゃいました。心を込めて作らせていただきましたので、どうぞ最後までご賞味くださいませ。お料理をお運びしてもよろしいですか?」
「急な申し出にもかかわらず、丁重なもてなし感謝いたします。できれば舞殿とも共に食卓を囲めたらと思うのだが、いかがだろうか」
「はい、ぜひ。舞」
「はい。お邪魔いたします」
こくりと頷いて、親父の隣に座る。
続けて本家からのお手伝いさんが、続々料理を運んでく来てくれた。
ちゃぶ台に所狭しと並ぶ料理に滉雅さんが目を丸くする。
「苦手な食べ物はないとお聞きしましたが」
「量が……いや、種類が多く、驚いた」
「残していただいて大丈夫ですよ」
「いや」
首を横に振って、手を合わせてから「いただきます」と小声で呟きぱくぱくと食べ始める。
俺と親父も自分の分に箸をつけ、なんとも言えない空気で昼食会は進んでいく。
親父も食事中は喋る方ではないから、咀嚼音、汁物を啜る音だけが響く時間が続いた。
「美味かった。ご馳走様でした」
「お、お粗末様でございます」
ちょっと多かったかな、と思ったがぺろりと平らげられてしまった。
え~~~。
あ、いや、でもそうか。
俺も前世――成人後はこのくらい余裕で食えたもんな。
親父は心労のせいと貧乏性で食べる量が減ってしまったが、女の体の俺はその半分で腹いっぱいになる。
だから成人男性の食べる量を、すっかり忘れていた。
「滉雅様、おかわりはいかがしますか?」
「いいのか?」
「もちろんですわ。滉雅様は体を動かすご職業ですもの、これでは物足りませんわよね。今お持ちします」
襖に近づき、お手伝いさんを呼んで皿を下げてもらうのとおかわりを持ってきてもらう旨を伝える。
問題は俺と親父が結構食べ終わり気味な件。
食事会的に、お客人一人食べさせ続けるのは非常に気まずい。
なので、俺と親父には茶碗蒸しを一つずつ追加しておかわりタイム。
またも無言で食べ続ける親父と滉雅さん。
気まず……と思ったが気持ちいいくらいぱくぱくテンポよく食べて行ってくれる。
俺が作ったものをこんなに美味しそうにたくさん食べてくれるの、なんか……嬉しいな。
いっぱい作るのも苦じゃないし、食べる度に滉雅さんの目が輝いて見えるのもなんか可愛い。
「ご馳走様でした」
再び手を合わせて、食後の挨拶。
もう一度「おかわりはよろしいですか?」と聞くとさすがに手のひらを突きつけるようにされて首を横に振るわれた。
でもなんとなく、まだ物足りなさそうに見えたのだが。
「……その……」
「はい」
「……今日は……頼みが、あり……」
「頼み、ですか? はい、なんでしょうか?」
なんとなく言いづらそうな滉雅さん。
親父が応答するが、押し黙ってしまった。
俺の方に目配せすることもないから、俺の退席を待っている様子でもない。
ええ……? なにい……?
「その、舞殿は、婚約者がいないとお聞きしている」
「ええ、先月他の娘に目移りした婚約者に、突然婚約破棄を突きつけられまして。家同士で話し合った結果、婚約破棄と相成りました」
親父、俺から見て一瞬口角が上がりそうに歪んだぞ。
いや、でもあの、婚約の話し……が、出たってことは、つまり……も、もしかするのか!?
期待しちゃっていいのか、滉雅さん!
「もし、他に婚約の申し出がないのであれば……その……俺に、舞殿を預けてはいただけないだろうか。俺は無骨者だが、舞殿のことは大切にしたいし、自由に過ごしてもらえたらと考えている、ので、その……考えていただければと、思う」
「なんと……! よろしいのですか……!? いや、しかし、我が家には妻が残した借金がございまして……」
「借金くらいなら、もちろん援助する」
親父の顔が明るくなった。
まあ、家族だからわかる違いだが。
それよりも、マジか、マジなのか。
現実なのか、これ。
こんなマンガみたいなご都合主義みたいな展開、ありなのか?
「――舞殿」
「あ、は、はい! あ、その、申し訳ありません! あまりにも夢のようで、呆けてしまって……」
「左のこめかみの怪我は、どうされた?」
有頂天な気分が一気に降下して、血の気が引いた。
ギギギ、と視線を滉雅さんに向けると、鋭い眼光で睨まれている。
俺、というよりも、怪我の理由に、だ。
こ、こーれはどう説明したもんか?
「実は、先日前の婚約者殿に殴られたのです」
「なぜ?」
「舞の霊力量も、すでにご存じかと思いますが――」
「それを知って再び婚約をしろと?」
「まさしく。その通りでございます。娘は拒んだのですが、それに対しての報復がこれです。示談にはなっておりますが、正直、卒業まで学校に通わせて大丈夫なものかと」
「お父様……!?」
待て待て待って! 親父、俺のこと学校に通わせることそのものを悩んでたの!? 聞いてないんだが!?