親父が貯めていたへそくりで、安いが華やかな着物を一着購入した。
 化粧品代はケチって、全部着物につぎ込む。
 白粉と口紅は古いのが一つずつあるから当日はそれで最低限化粧すればいいや。
 お見合いなんじゃないんだから、別にそこまで気飾らなくてもいいだろ!
 って、ことで九条ノ護(くじょうのご)本家と連携しつつ、我が家に一条ノ護(いちじょうのご)本家の偉い人をお迎えすることになった。
 あっという間に土曜になり、来訪予定の午前十時――
 
「本日は突然の訪問依頼にお答えいただき感謝する。天道国軍禍妖(かよう)討伐部隊特務部隊一等、部隊長、一条ノ護滉雅(いちじょうのごこうが)と申します」
「同じく、副部隊長の鈴流木紅雨(すずるぎこうう)です」
 
 す……鈴流木家!! 
 天道国を建国以前から支え、神巫女・陽御子(ひみこ)の護衛として武を司る一族!
 守護十戒(しゅごじゅっかい)の宗家本家だけでなく、帝の一族にも嫁入り婿入りをしている戦闘一族で霊力を身体強化に回して戦うことに特化している、この国の縁の下の力持ち。
 守護十戒(しゅごじゅっかい)よりも歴史が古く、大名の地位を断り、忠誠を捧げる“武士道”を極め、武を極めることを目的とするこの国唯一無二の武家だ。
 下手したら守護十戒(しゅごじゅっかい)よりもすごい一族の人も一緒に来てるんですけど!?
 隣の親父を見ると、厳格な表情のまま目が死んでいる。
 
「早速ですが、結城坂舞様はそちらのお嬢さんでお間違いないでしょうか」
「は、はい。申し遅れました……その……」
「……!! 結城坂陽平(ゆうきざかようへい)と申します。娘の舞です」
「舞と申します」
 
 本来であれば俺は出しゃばらず、親父が喋っていいというまで喋るつもりはなかったのだが、親父が鈴流木家の人間まで現れてビビり散らしてしまったので出遅れた。
 親父が副隊長さんの問いに慌てて自己紹介をして、俺のことも紹介してくれる。
 隊長と名乗ったのは座高も手足もめっちゃ長そうな超イケメン。
 少女漫画の当て馬にいそうな短髪丹精淡白そうな二十代後半から三十代前半っぽい。
 あと、まあ、典型的な軍人。
 それにあれだ、一途で信念の強そうな感じ。
 極めつけは…………筋肉すっごい。
 胸板とか服の上からも盛り上がっているってわかる!
 やっばぁ、男のフェロモンってやつがムンムンじゃん。
 あのスカポンタンが幼児にしか思えなくなった。
 そのくらい、男としての格が違う!
 
「じつは先週、我が部隊の伊藤が母君を通じて我が部隊に舞さんの作ったおにぎりを差し入れてくださいました。その霊力含有量にも大変驚いたのですが、それと同時に霊符を入れてくださっていた」
「とんでもないことをしでかしたものです。咎があるのでしたら、どうか娘ではなく私に」
「ッ……!?」
 
 頭を下げる親父に、顔を上げる。
 そうだ、そういえば小百合さんが霊符は危険なもの扱いされているって言ってた。
 自作したものを勝手に軍属の人に渡したって、もしかして自首扱い!?
 
「も、申し訳ございません! 軽率だったのは私です! 私がすべて悪いのです! 父は私が霊符を作っていたことも知りませんでした! 霊符の作り方は図書室の本で学ぶことができましたので、自作してよいものと勝手に考えておりました……! 申し訳ございません!」
 
 血の気が引くとはこのことだろう。
 頭が真っ白になり、咄嗟に土下座する。
 本当にそこまで考えてなかった。
 親父や自分が罪に問われるなんて、そんなこと……!
 
「え? いえ、違いますよ。霊符を作るのに制限も資格もありません。昨今、研究所以外で霊符を作ってはいけない、という風潮ですがそんなことはありません。学校の図書室に作り方の本があったということは、授業でも習ったのでしょう?」
「え? いえ……作り方は教わっておりません。専門学校で教わるものとは聞きましたが」
「ふむ……やはり例の団体の影響が大きいようですね。チッ面倒くせーな……」
「え……?」

 舌打ち、した……? え……?

「ああ、すみません。なんでもございません。なんでもないですよ、お気になさらず。霊符を作っていただくのは、法的になんの問題もないのですよ。攻撃性の高い霊符や人間に害成すような霊符を作ったり売買したら、それはその時に討伐対象になるだけで」

 え、あ……そ、そうなの……!?
 なんだ、そうか。
 作るのは自由。
 ただし、“人間に”対して害を与えるものは法的に罰則対象。
 その販売も規制対象なのか。
 じゃあ俺が作ったものは大丈夫……かな?
 いや、天ヶ崎様さん用に改修したやつはアウトか?
 ちょっと流れを利用して聞いてみよう。

「それに、今回の任務でいただいた霊符が部下の命を救ってくださいました。ね、滉雅」

 と、副隊長さんが隣の隊長さんを見上げる。
 急に話を振られたからか、目を見開いて少し驚いたように焦った様子。
 仏頂面の親父で慣れていたからわかったけれど、普通の令嬢なら睨まれたと思いそうだな。
 そういえばさっきからまったく話さないな、この人。
 もしかして、定番の無口不器用属性か?
 そんなマンガの登場人物みたいな人間、本当に存在するのか……? マジで……?
 
「その……はい」

 と、だけ呟く。
 そこからまた、言葉を待つ。
 続きはない、らしい。
 おいおい、親父より口下手さんじゃん……?