一週間ほど経つと、俺の婚約破棄の噂も沈静化してきた。
 しかし、俺の就職先は未だ悩ましい。
 霊術の先生に作った霊符を見せながらいかに生活のための霊術や霊符を布教させた方がこの国の発展に役立つかを解いたのだが、結局「でもそれは君が考えることではないし、女性は結婚して子どもを産み、お家を存続させるという重要な役目がある」と逆に切々とお説教をされてしまった。クソかな?
 いや、先生の言っていることはもちろん分かるよ。
 代々結界を維持して約千年。
 百結界に封じられる界寄豆(かいきとう)の伐採方法がわかっているのならいいが、そんなこともない。
 それなら、それこそいっぺん増えた央族全員の霊力を使って界寄豆(かいきとう)を燃やし尽くせばいいんじゃないの、って思うんだけれどそれもしないし。
 まあ、界寄豆(かいきとう)の現物を見たこともないし、俺が想像するよりヤベェ代物なのかもしれんけど。
 
「やだー! 松尾様ったら~! きゃはははは!」
「へへへ、いやあ……」
 
 うるさ。
 と、思ってその騒音の方を見ると我が校の股ゆる女代表白窪結菜が眼鏡の陰キャと楽しそうに喋っている。
 それを冷たい目で眺める女生徒と羨ましそうに眺めたり嫉妬で睨みつける男子生徒。
 
「また別の殿方に粉をかけていますのね、あの女。よく家の圧から逃れているものですわ」
「聞きました? あの女、成績が最下位だったらしいですわよ。勉強を教わりたいと殿方に声をかけているのに、振るいませんわね。勉強ではなく他のことをやっているのではなくて?」
「梢様、陽子様、そのへんで。あの方は頭がお花畑ですから、どうせ僻んでいると歪曲して受け取りますわよ」
「ああ、そうでしたわね」
 
 俺をガードしてくれている三人の令嬢たちの辛辣さヤバァ……。
 しかし、どうやら松尾も人の婚約者らしい。
 クラスの端で慰められている令嬢の姿が見える。
 あの悲しそうな顔を笑って優越感に浸る股ゆる女の表情を見てしまった。
 本当に気色悪い。
 あれに鼻の下を伸ばす男がいることが信じられん。
 男って本当に女の表面しか見ていないんだな、と思い知らされてしまう。
 あんな典型的な横取り女、現実にいるわけないと笑っていた前世の俺に伝えたい。
 
 お と こ が バ カ で 気 づ か ん だ け だ バ カ が ァ!
 
 女視点から見るとこんなにクソ女なのに、わからんもんなんだなぁ。
 なんて机に教科書を乗せて見なかったことにしようとしたら、天ヶ崎嬢たちが立ち上がった。
 
「まあ、有栖川宮様、どうかなさいましたか?」
「なにか御用でしょうか?」
「ッ……舞に用があるのだ。話をさせてもらいたい」
「まあ、なんのお話ですか?」
「婚約をしていない令嬢を呼び捨てにするなんて、有栖川宮家のご母堂はどのような教育をされたのかしら。非常識ですわよ」
「結城坂様とお話しされたいのであれば、まずは結城坂様にお手紙を出してお返事をいただいてからではなくて?」
「ぐ、ぐぬぬ……」
 
 苦虫を噛み潰したよなにか言いたげにしてから、すごすご背を向けて去っていく。
 なんだったんだ、あれ。
 
「なんだか今までと少し様子が違いましたわね」
「関係ありませんわ! 結城坂様とはもう婚約破棄しているんですもの!」
「結城坂様はどう思いますか?」
「興味ございませんわ。お三方のおかげで変な絡み方もされませんし、毎日感謝しております。ありがとうございます」
 
 これはガチで感謝。
 あのクソスカポンタンと話すことはなにもない!
 しかし……将来が相変わらず見通しが立たないな~。
 結局結界管理局に就職が理想的なのかねぇ……?
 
 
 
 深く溜息が止まらない中、帰宅すると郵便屋さんが来た。
 珍しいなぁ、と受け取ると宛名が父と私宛。
 送り主は――い……一条ノ護(いちじょうのご)家……!? はあああああ!?
 待て待て待て、意味わからん!
 なんで末端の途絶決定の分家に守護十戒(しゅごじゅっかい)筆頭の一条ノ護(いちじょうのご)家から手紙が来るの!?
 やややややヤバくない!?
 お、親父いぃぃ! 早く帰って来てぇぇぇ!
 怖くて開けねーよ、こんなの!
 
「舞? 門扉(もんぴ)でなにをやっている?」
「お、お父様! こんなに早くお帰りで……いえ、ちょうどようございました! これをご覧ください!」
「……? ……!? 一条ノ護(いちじょうのご)!?」
 
 まあ、やっぱりそういう反応になるよなぁ!
 顔を見合わせて、慌てて二人で家に入る。
 俺がお茶を入れている間に、まだ外着のままの親父が手紙を開く。
 なになに、本当に怖いんだけれど!
 怯えながらお茶をちゃぶ台に載せて「一条ノ護(いちじょうのご)家のかたはなんと……?」と聞いてみる。
 一条ノ護(いちじょうのご)家と言っても、かなり広い。
 本家、そしてその上の宗家。
 分家の中にも一条ノ護(いちじょうのご)家を名乗る家がいくつかあるはず。
 まあだからって一条ノ護(いちじょうのご)家というだけでヤバいんだけれど!
 格上も格上!
 帝と同等の名士、大大名家!
 震えながら親父を見ると、ものすごい険し顔で睨みあげられてちびるかと思った。
 
「お前、霊符を作ったのか?」
「えっと、研究で自作したことはございます。我流ですが」
「それを禍妖(かよう)討伐部隊に提供したのか?」
「伊藤さんにおにぎりを頼まれた時に、いつも守っていただいているお礼に、お役立てくだされば幸いですと包んだことはございますが……」
「はああ……」
 
 親父が頭を抱えて、今まで聞いたこともないほどの深い溜息を吐き捨てられた。
 ま、まさかあの霊符が誤発した……!?
 
「よりにもよって、禍妖(かよう)討伐部隊、特務部隊一等にそんなものを渡すとは……。部隊隊長の一条ノ護(いちじょうのご)家、本家の隊長殿がお前に礼をしたいと申し出られて我が家に来たいと言ってきている」
「ふぁあふぁああ!?」

 一条ノ護(いちじょうのご)家、ほ、本家ーーーー!?
 お、お礼!? お礼って、霊符の!? はああああ!?
 
一条ノ護(いちじょうのご)家、本家の方が我が家に来るという。すぐにお迎えの準備をしなければ。とてもお断りできるような内容ではない!せめて九条ノ護(くじょうのご)家本家でお会いできないか、本家と相談の上で返事を出すが……」
「は、はい……」
「お前は本家に金を借りて、着物と化粧品を買ってこい!!」
「は、はい!!」