「……」
「……」

 私とお兄様は、向き合って座りながら黙り込んでいた。
 もたらされた事実に対して、お互いに思考がまだ追いついていないのだ。
 ただ、事実は事実として受け止めなければならない。いつまでも目をそらしても仕方ないのだから、そろそろ話を始めるべきだろう。

「お兄様、本当なのですか? アドラス様がヘレーナと一緒だということは?」
「……ああ、間違いない」
「つまりアドラス様の浮気相手はヘレーナだったと?」
「そう考えるべきだろう。それ以外の可能性もあるだろうが、楽観的な考えでしかないな」

 お兄様が調査した結果、アドラス様はすぐに見つかった。
 彼は、最寄りの町に留まっていたそうだ。見つけるのも難しいことではなかったらしい。
 問題は、その彼と一緒にいたのがヘレーナだったということだろう。フォルファン伯爵家から家出した彼女は、私の夫と会っていたらしい。

 夫が妻に嘘をついて、妻の妹と会っていた。
 その事実が何を意味しているかなんて、言うまでもないことだろう。

 しかしまさか、アドラス様があの妹と浮気しているなんて、思ってもいなかったことだ。
 これは非常に、まずい状況である。最早アドラス様が本気であるかどうかなんて、どうでもいいことだ。相手がヘレーナであるならば、こちらとしても動かざるを得なくなる。

「お兄様、私はアドラス様の元に向かいます」
「ああ、俺も行くとしよう。アドラスには言いたいことが山ほどある。当然、ヘレーナにもな」

 私が立ち上がると、お兄様も立ち上がった。
 お兄様は、私の味方であるようだ。それはなんとも心強い限りだ。
 ここはその優しさに、甘えるべきだろう。第三者がいる方が冷静に話ができそうではあるし、私はお兄様を頼ることにした。

「……そういうことなら、僕も連れて行ってください」
「え?」
「む……」

 そこで部屋の戸が、ゆっくりと開かれて中に一人の少年が入って来た。
 その少年とは、アドールだ。彼はとても冷たい表情をしながら、こちらに向かって歩いて来る。表情や言葉からして、話は聞いていたということだろうか。

「アドール、あなた……」
「フェレティナ様、それにハルベルク様、お話は聞いていました。盗み聞きしてしまったことは、申し訳ないと思っています。しかしながら、聞き逃す訳にはいきませんでした。それは僕にも関係があることですから」

 アドールは、私の目を真っ直ぐに見ていた。
 彼の決意が、その目からは読み取れる。どうやら止めても無駄であるようだ。彼はきっと、何をしてでも付いて来るつもりだろう。
 そう思った私は、お兄様に対してゆっくりと頷くのだった。連れて行くしかない彼がそう決意しているのなら、それを私に止める権利などはないのだろう。彼はこのヴェレスタ侯爵家の後継者なのだから。