「……御託はもういい」

 アドールとアドラス様との会話を、私達はずっと黙って聞いていた。
 その沈黙を破ったのは、ストーレン伯爵だった。彼は、ゆっくりとアドールの前に立つ。甥を庇っているということだろう。
 いや、どちらかというと隠しているのかもしれない。自分がアドラス様に対して向けている激しい怒りを。

「あなたは……義兄上」
「お前に兄と呼ばれるなど反吐が出る。それは昔から思っていたことではあるが、今はその思いがより強くなっている」
「……あなたは、何をお怒りになっているのですか?」
「当然、アドールのことを置いて行ったことだ。お前は最低の屑だ、アドラス……」

 ストーレン伯爵は、アドラス様を睨みつけていた。
 憎しみがあるということは、理解していた。これまでの言動から、それは明らかだったといえるだろう。
 しかし本人を前にしたストーレン伯爵は、思っていたよりも冷静だ。すぐにでも飛び掛かっていくものだと、思っていたからである。

「だが、今俺は喜んでいる。逃げたと思っていたお前が、こうしてのこのことこのヴェレスタ侯爵家に戻って来てくれた。始末が楽になる」
「始末?」
「曲がりなりにも侯爵として務めてきたお前にも、誇りの一つや二つくらいはあったことだろう。潔くその首を差し出せ。そうすれば、楽に殺してやる」

 ストーレン伯爵は、笑顔を浮かべていた。
 その笑みは、邪悪だ。しかしとても嬉しそうでもある。正直言って、少し引いてしまう。
 ただ、気持ちは理解できない訳ではない。アドラス様がこの屋敷に戻って来てくれたことは、とてもありがたいことだからだ。

「……申し訳ないが、僕は死ぬわけにはいきません」
「ふん、お前の意見などは求めていない。お前の死は決まっている」
「僕が死んだら、アドールが困りますよ」
「我が甥は賢い。既にお前のことなど見限っている」
「そういうことではありませんよ」
「何?」

 アドラス様は、ストーレン伯爵の言葉にゆっくりと首を振った。
 彼には、少し余裕があるような気がする。それはこの状況で、出て来るようなものではない。

「僕が今置かれている状況を、説明しましょうか? 実は事情の失敗のせいで、借金を背負っていましてね。悪い人達に追われているんです」
「なんだと?」
「僕を助けないのは勝手です。しかしそうなったら、その人達はここに取り立てに来ますよ。そういう人達ですから」

 アドラス様は、爽やかな笑みを浮かべていた。
 どうやら彼は、合理的な判断に基づいて言葉を発していたらしい。その冷静さも、彼の歪な所だ。
 しかし状況はあまり良くない。アドラス様が持ち込んできた問題は、私達にとってとても厄介なものである。