「伯父様? どうしてこちらに……」
「……久し振りだな、アドール。急な訪問ですまない」

 ストーレン伯爵は、明らかに不機嫌そうにしていた。
 その原因は、恐らく私達にはない。ほぼ確実に、アドラス様であるはずだ。

「とりあえずお座りください。一体どうしたのですか?」
「アドラスの奴が逃げた」
「え?」
「逃げた?」

 私達の正面に少々乱暴に腰掛けたストーレン伯爵は、端的に言葉を発した。
 その言葉に、私とアドールは顔を見合わせる。何が起こっているかはよくわからないが、事態が厄介なことになっていることはわかったからだ。

「逃げるとは、一体どういうことですか?」
「俺はアドラスを殺すために暗殺者を送り込んだ。しかし暗殺者曰く、奴は既にアルトリア王国にはいなかったそうだ」
「いなかった? ……こちらの調査がばれていたのでしょうか?」
「いくらアドラスとはいえ、そんなことはできないだろう。もちろん、自分が調査されるかもしれないという疑惑はあったかもしれない。追悼式での呼びかけについては、奴も把握していたからな」

 アドラス様は、馬鹿という訳ではない。ボガートという人に成り代わった犯罪は狡猾であるし、商才もあった。知恵は働くと考えるべきだ。
 そんな彼が追悼式に関する呼びかけによって、逃げ出した。それはない可能性ではない。まさか、また名前を変えてどこかでやり直すつもりだろうか。

「ただどちらかというと、夜逃げの方が可能性としては高いかもしれないな。奴は事業に失敗しているそうじゃないか」
「ああ、言わてみればそうですね」
「情けのない奴だ。自分の部下達のことを何も考えていないのか……」

 ストーレン伯爵の予測は、納得できるものだった。
 事業に失敗した彼が、逃げ出す可能性は充分ある。もしかしたら、かなり追い詰められていたのかもしれない。商会が傾くような失敗をした訳だし。
 しかしそれは、私達にとっては非常に困ることだ。ここで逃げられたら、本当にもう見つけ出すことができないかもしれない。

「……義母上、なんだか騒がしくありませんか?」
「え? ああ、言われてみればそうね?」
「……俺が来たからではないのか?」
「いいえ、そうではないと思います。なんというか、気配を感じます」
「気配……」

 そこでアドールは、その目を細めていた。
 彼の言う通り、屋敷は少し騒がしい。ただそれは、ストーレン伯爵の急な来訪から考えれば別におかしいことではない。
 ただ、アドールは別の可能性を考えているようだ。それに私は、息を呑む。私もある可能性について、思い付いたからだ。