アドラス様のことを調べたい所だが、侯爵夫人である私まで屋敷を離れるのは、あまり良いことであるとは言い難い。
 という訳で私は、どうしようかと手をこまねいていた。やはりここは、実家であるフォルファン伯爵家を頼るのが、一番だろうか。
 そんな風に考えていた私は、ヴェレスタ侯爵家を訪ねて来た人物に驚くことになった。私の目の前には、今お兄様がいるのだ。

「え? ヘレーナが行方不明、ですか?」
「ああ、数日前に家を出てから、帰って来ない。お前が何か知っていないか、こうして訪ねて来た訳だが、徒労であったな」
「……ヘレーナが私の元を訪ねて来る訳がないでしょう? お兄様だって、それはわかっているはずです」
「もちろんだ。しかし父上や母上はそうでもないらしい」

 私とヘレーナの仲――というか私達とヘレーナの仲が良くないという話を、お父様やお母様はあまり把握していない。
 普段はいがみ合っているが、根底では分かり合っている。二人はそのように考えているようなのだ。
 実際はもっと根深い問題ではあるのだが、それはこの際どうでもいいことである。問題はヘレーナの行方不明だ。それについては、考えなければならない。

「困りましたね。実の所、私の方で問題を抱えていて……」
「問題? 何かあったのか?」
「アドラス様が、嘘をついて出て行ったのです。もしかしたら浮気かもしれません」
「浮気……そうか」

 私の言葉に対して、お兄様は特に驚いたりしなかった。
 そういうこともあるくらいに、考えているのかもしれない。それについては、私としても同感だ。

「別に恋愛的な結婚ではないため、浮気自体を重く捉えてはいません。問題は、その相手と本気である場合です。その場合、厄介なことになるかもしれませんからね」
「合理的な考えだな。流石だ。なるほど、そのことについても調査する必要はあるか……そちらの方が、雲を掴むような話であるヘレーナよりも簡単そうだな?」
「あ、いえ、お兄様はそちらを優先してもらっても……」
「いや、ヘレーナのことだ。どうせどこかをほっつき歩いているのだろう。そんなことよりも、今はヴェレスタ侯爵家の問題の方が重要だ」

 お兄様は、ヘレーナの行方不明を重く捉えていなかった。
 それは当然のことだろう。あの子は気まぐれだ。その行動に一々取り合っていたら切りがないのだから。

「そういうことなら、どうかお願いします」
「ああ、任せておけ」

 私もお兄様と同じ考えであったため、遠慮せずにお願いしてみることにした。
 結果的にではあるが、お兄様がここを訪ねて来てくれたことは幸運だったといえるだろう。これで、アドラス様のことがわかりそうだ。