「……言いたいことは理解することができる。しかし、そうするにあたって都合が悪い点はいくつかあるだろう」
「ハルベルク様、それはどういうことですか?」
「残っている記録だ。浮浪者の服を着ていた者をアドラスとするのは、無理があるだろう」

 自身の計画を口にしたアドールに対して、お兄様が口を開いた。
 その視線は、中々に鋭いものだ。子供に向けるものではない。どうしてそんな表情をするのか、私はすぐには理解できなかった。

 ただ、すぐにお兄様の意図は理解することができた。これはアドールのことを、試しているということだろう。
 お兄様の口元は、少しつり上がっている。きっと今を、アドールに対して良き試練を課す時だとでも、思っているのだろう。

「それらの記録に関しては、改ざんします。侯爵家の権力を使えば、そのくらいのことはできるのではないでしょうか?」
「当時の記録を残した者達は、まだ生きている。パルエント島といったか。その民族とはこれからも交流が続くだろう。その中で事実を改ざんするのは面倒だ。というよりも、現実的ではないだろうな。俺は無理だと思っている」
「……なるほど」

 お兄様は、アドールの案を否定した。
 実際の所、情報の改ざんなどは難しいのかもしれない。いくら侯爵家の権力があった所で、人の口に完全に蓋はできない。
 しかも今回は、新たに発見した島の人々がその事実を握っているという状況だ。生存者はともかく、そちらを懐柔するのは難しい。そもそも権力が及ぶ領域ではないだろう。

「それなら、海難事故の専門家を懐柔するというのはどうでしょうか?」
「ほう? その心はなんだ?」
「父上は事故によって、ボロボロの身なりになったということにしてもらうんです。適当にでっちあげてもらいましょう。そちらなら説得は用意であるはずです」
「ふむ、それなら確かになんとかなりそうだ」

 アドールの言葉に対して、お兄様は嬉しそうな笑みを浮かべていた。
 私の息子は、かなりしっかりとしているようだ。お兄様の懸念に対して、しっかりとした答えを返せている。
 その作戦なら、きっと成功することだろう。というか、そのくらいのことができなければ、ヴェレスタ侯爵家の名折れといえる。

「その辺りの専門家については、俺に心当たりがある。信用できる者を紹介しよう」
「そうですか? それは助かります」

 お兄様は、もしかしたら最初からアドールのような作戦を思いついていたのかもしれない。
 その答えをアドールが出せたというのは、なんというか私としても嬉しく思ってしまう。ただここは私も凛としていなければならないので、笑顔を浮かべるだけに留めておく。