問題なんてものは、そうそう起こらないものだ。
 そのように考えていた私は、とんだ愚か者だったといえるだろう。楽観的に考え過ぎていたといえる。
 ただ今私にもたらされている問題は、想定していたものとは違う。目の前にいる男性を見ながら、私はただ疑問符を浮かべざるを得ない。

「ヴェレスタ侯爵夫人、それではヴェレスタ侯爵はこちらにいらっしゃらないということでしょうか?」
「ええ、そうですね……」
「まあ急な訪問である訳ですから、仕方ないことですね」

 私の目の前にいるのは、ロナーダ子爵である。
 彼は所用で近くの町まで来ており、時間的に余裕があったため、お土産を携えて訪ねて来て下さったのだ。

 その行為に、特別な意図などはないだろう。ロナーダ子爵はとても穏和な人だ。恐らく善意だけで、お土産を持って来て下さったはずである
 ただ問題は、私の主人は今彼の元を訪ねているはずだということだ。昨日出発した彼は、この時間にはきっともうロナーダ子爵家の屋敷に着いている。しかしそれなら、ここにロナーダ子爵がいるということがおかしいのだ。

「えっと、ロナーダ子爵、領地間の道について主人と話し合いをしているとお聞きしましたが……中々難しい問題だと聞いています。そちらの方はもう解決されたのですか? 差し出がましいかもしれませんが、お聞きしておきたいのです。主人は何も話さなくて……」
「ああ、その問題についてなら、解決しましたよ」
「なるほど、そうでしたか……」

 私が試しに質問してみると、ロナーダ子爵は快く答えてくれた。
 その答えからして、アドラス様がその問題でロナーダ子爵を訪ねた訳ではないということが、よくわかった。
 彼は何か別の事情で、出かけているということになる。しかも解決した問題をわざわざ言い訳にして。

「ヴェレスタ侯爵夫人、どうかされましたか?」
「いえ、無事に解決したというなら良かったです」
「ふむ……まあ、ヴェレスタ侯爵もお忙しい訳ですから、結果を言うのを忘れていたのでしょう。本当につい先日解決したことですからな」
「ええ、そうなのでしょうね。大事な所で抜けていると言いますか……」

 私は、少し焦っていた。
 何故アドラス様は、嘘をついてこの家から出て行ったのだろうか。

 それはまったくわからない。という訳でもないだろう。妻に嘘をついて出掛ける。そこから導き出される答えは一つだ。
 アドラス様に限って、そんなことをするものだろうか。しかし状況的には、そうとしか思えない。これは由々しき事態であるといえるだろう。