「アドール、アドールの気持ちは嬉しいよ。でも、それでも私はアドールと婚約したいと思っている。あなたを助けたいから」
「僕を、助けたい……?」

 エメラナ姫は、真剣な顔で言葉を発していた。
 先程までの少女としての天真爛漫さが、その表情からは消えている。
 彼女がこの国を統べる王族の一人であることを、私は感じ取っていた。やはり子供だからなどと、侮っていてはいけないということだろう。

「アドールは優しくて、いつも誰かのことを思っている。あなたは立派な人だよ。でも、何でも一人でやろうとする所がある」
「それは……」
「私には力があるの。それはただ単純に、王族として生まれたことによって得たものではあるけれど、それでもそれは私の力。その力を、私はあなたのために役立てたい。だって私は、アドールのことが好きだから」

 エメラナ姫は、言葉の最後で少女としての顔を取り戻していた。
 彼女は自らの立場をよく理解している。アドールと婚約することによって、降りかかる苦労だってわかっているのだろう。
 しかしそれでも、彼女は婚約したいと思っている。その気持ちはきっと、アドールにも伝わっているはずだ。

「アドールは、これが子供の恋心でしかないみたいに言っていたけれど、私はずっとアドールのことが好きだと思う。この気持ちは、ただの初恋じゃないって、そう信じている」
「エメラナ姫……」

 王族であるエメラナ姫は、それ故に様々な人々の欲望に触れてきただろう。
 彼女との婚約、それは各貴族が喉から手が出る程に欲しいものだ。その欲望を、エメラナ姫は理解しているだろう。私にも覚えがあるから、それは間違いない。
 彼女はきっと、よく考えてアドールと婚約したいと言ったはずだ。これは決して、お転婆娘が勢いで言っていることではないと、私は思っている。

 エメラナ姫にとって、アドールはきっと王子様であるだろう。
 彼は心から、彼女のことを思っている。思っているからこそ、婚約しないという選択をしようとしていたくらいだ。
 そう思える人を、エメラナ姫は見極めていたということである。彼女の目は間違っていない。人をよく見ている。

「……アドール、一つ言っておくわ」
「フェレティナ様?」
「この件に関して、私はあなたの判断に従うわ。あなたがしたいと思うようにしなさい。エメラナ姫の言葉を聞いた最終的な判断を、ね?」

 そこで私は、アドールに声をかけておいた。
 それは少々、彼に対しては酷なことかもしれない。難しい問題であるため、私の判断を仰ぎたかった可能性はある。
 だけど、これはアドールが判断するべきことだ。エメラナ姫の思いを受け止められるのは彼だけなのだから、そこに私の意思は介入するべきではないだろう。

「……ありがとうございます」
「……ふふっ」

 ただ、私はすぐに自分の考えが愚かなものだったということを理解した。
 アドールは、私に甘えるつもりなんて最初からなかったのだ。彼の目を見たら、それがわかった。良い目をしている。流石は私の――息子だ。