「……伯父様」

 ストーレン伯爵が言葉を発してから、少しの沈黙が流れた。
 それを打ち破ったのは、アドールだ。彼は伯父に対して、伯父以上に鋭い視線を向けている。
 その視線に、私は少し驚いた。アドールがそこまで怖い顔をした所を、見たことがなかったからだ。

「フェレティナ様は僕のことを大切に思ってくださっています」
「……」
「確かに、僕達には血の繋がりなどはありません。ここにフェレティナ様がいることは、歪なことかもしれませんが、それでも僕にとっては、何よりの支えなのです」

 アドールは、少し荒々しい口調で、ストーレン伯爵に言葉をかけた。
 その言葉は私にとって、とても嬉しいものだ。少し泣きそうになってしまう。
 ただ、それが伯爵に届くかは微妙な所だ。騙されているだけだと、彼の方は思うかもしれない。

「アドール、お前は一つ勘違いをしているようだな」
「勘違い?」
「俺が言っているのは、フェレティナ嬢のことではない。彼女は心根の優しい女性であると感心していた所だ」
「……え?」

 ストーレン伯爵の言葉に、私とアドールは顔を見合わせた。
 表情を変えず淡々と話しているが、その内容には困惑してしまう。しかしどうやら、先程の言葉は私に対する言葉ではなかったらしい。

「これでも俺は伯爵だ。人を見る目くらいは多少ある。フェレティナ嬢がお前の継母となったことは、幸いなことだったといえるだろう」
「え、ええ……そうですね」
「……俺が許せないのは、お前の父親のことだ。子供の前でそういったことを言いたくはないが、流石の俺も気が収まらない」

 ストーレン伯爵の表情は、歪んでいた。
 激しい憎悪というか、怒りというか、彼の感情が表面に現れている。それを見て、私は思わずアドールのことを抱き寄せていた。

「アドラス……奴は俺の妹を奪い、甥を悲しませた。俺は奴のことを許すことなどできない。これだけはお前に言っておかなければならない。俺はお前の父親を否定する存在だ。お前のことを助けたいとは思っているが、その考えだけは揺るがない」
「伯父様……」

 アドールは、伯父からの言葉に目を丸めていた。
 恐らくその言葉の意図は、アドールの中に父親を慕う気持ちがあると思っているが故のことだろう。ストーレン伯爵は、その気持ちに歩み寄ることができないことを、表明しているのだ。
 ある種の線引きというのだろうか。律儀な人である。

 もっとも、それを子供に言うのはどうなのかと思う。
 ただそれも、これからヴェレスタ侯爵家を背負うアドールに対して、敢えて甘えなどを捨てた発言をしているだけということなのかもしれないが。