嵐の夜に、二人は船内にいた。
激しく揺れる船の中では、各々がそれぞれの判断を下している。
必死で救命ボートの元に向かおうとする者、もう助からないと諦めて最期の時間を過ごそうとする者、その中で二人も決断をしなければならない状況だった。
「ヘレーナ、僕は君のことを愛しているよ。こんな状況ではあるが……いや、こんな状況だからこそ、僕は君にそれを伝えたい」
「アドラス様……私もです」
一人の男は、目の前にいる女に愛を囁き抱きしめた。
それを女は、少し驚きながらも受け止めている。こんな状況ではあるが、彼女は男からの愛に喜んでいるのだ。
「しかし、こんな所で諦めてはいけません。一緒に助かる道を探しましょう。今からでもきっと、間に合うはずです。救命ボートがある場所まで行きましょう」
「……ああ、そうだね。そうしたい所だ」
「アドラス様? ……え? 何をっ!」
次の瞬間、女は自らの体の異変に気付いた。
男が、自分を押さえつけている。そう思った次の瞬間には、女は拘束されていた。
男は、そのまま女を部屋の中にある柱にくくりつけていく。その手際は良く、とても素早い。
「アドラス様? 何をしているのですか? なんでこんなことを……」
「……君をここに置いて行くことを、許してもらいたい」
「え?」
「僕は君を愛しているんだ。でも、まだ死にたくない。生きていたんだ。だから、君をここに置いて行く。救命ボートには、きっと女子供が優先されるだろうから」
「な、何をっ……」
抗議しようとした女に、男はすぐに背を向けた。
彼はそのまま、部屋から出て行く。彼は決して女の方を振り返ることはなかった。
「……は、外して。誰か! 誰か!」
置いて行かれた女は、必死に叫びもがいた。
しかし、その叫びは船内に響く大きな音や声にかき消されて、誰の耳にも届かない。
そしてきつく縛られた縄は、決して解けることはなかった。それに女は、ゆっくりと絶望していく。
「い、嫌っ……!」
流れてくる水の音に、女は恐怖に怯えていた。
最早叫び声をあげる気力もなく、彼女は息を詰まらせる。
助からないということは、明白であった。それを理解した女の頭の中には、今までのことが過ってきた。
一体、自分はいつ間違ったのだろうか。
家族と上手くいかなかったこと、土壇場になって自分を見捨てるような男を選んでしまったこと、女は恐怖に震えながらそれを考えていた。
ただどれだけ後悔したとしても、もう遅かった。女は部屋に流れ込んでくる水に、唇を噛んでまた叫びをあげ始めるのだった。
激しく揺れる船の中では、各々がそれぞれの判断を下している。
必死で救命ボートの元に向かおうとする者、もう助からないと諦めて最期の時間を過ごそうとする者、その中で二人も決断をしなければならない状況だった。
「ヘレーナ、僕は君のことを愛しているよ。こんな状況ではあるが……いや、こんな状況だからこそ、僕は君にそれを伝えたい」
「アドラス様……私もです」
一人の男は、目の前にいる女に愛を囁き抱きしめた。
それを女は、少し驚きながらも受け止めている。こんな状況ではあるが、彼女は男からの愛に喜んでいるのだ。
「しかし、こんな所で諦めてはいけません。一緒に助かる道を探しましょう。今からでもきっと、間に合うはずです。救命ボートがある場所まで行きましょう」
「……ああ、そうだね。そうしたい所だ」
「アドラス様? ……え? 何をっ!」
次の瞬間、女は自らの体の異変に気付いた。
男が、自分を押さえつけている。そう思った次の瞬間には、女は拘束されていた。
男は、そのまま女を部屋の中にある柱にくくりつけていく。その手際は良く、とても素早い。
「アドラス様? 何をしているのですか? なんでこんなことを……」
「……君をここに置いて行くことを、許してもらいたい」
「え?」
「僕は君を愛しているんだ。でも、まだ死にたくない。生きていたんだ。だから、君をここに置いて行く。救命ボートには、きっと女子供が優先されるだろうから」
「な、何をっ……」
抗議しようとした女に、男はすぐに背を向けた。
彼はそのまま、部屋から出て行く。彼は決して女の方を振り返ることはなかった。
「……は、外して。誰か! 誰か!」
置いて行かれた女は、必死に叫びもがいた。
しかし、その叫びは船内に響く大きな音や声にかき消されて、誰の耳にも届かない。
そしてきつく縛られた縄は、決して解けることはなかった。それに女は、ゆっくりと絶望していく。
「い、嫌っ……!」
流れてくる水の音に、女は恐怖に怯えていた。
最早叫び声をあげる気力もなく、彼女は息を詰まらせる。
助からないということは、明白であった。それを理解した女の頭の中には、今までのことが過ってきた。
一体、自分はいつ間違ったのだろうか。
家族と上手くいかなかったこと、土壇場になって自分を見捨てるような男を選んでしまったこと、女は恐怖に震えながらそれを考えていた。
ただどれだけ後悔したとしても、もう遅かった。女は部屋に流れ込んでくる水に、唇を噛んでまた叫びをあげ始めるのだった。