リヴェルト様の協力もあって、書類作りや届け出、各所への連絡は順調だった。
 とはいえ、ほとんどの所から返答は来ていない。こちらとしては急いでもらいたいことでも、先方にとってはそうではないということだろう。

「大変です、奥様!」
「あら? どうしたの? シェルーナ、そんなに慌てて……」

 アドラス様がヴェレスタ侯爵家を去ってから三日が経った頃、執務室に使用人のシェルーナが急に入って来た。
 その慌てた様子に、私は部屋にいるアドールやリヴェルト様と顔を見合わせる。明らかに何か問題がある風だったからだ。

「あ、お二人もいらっしゃいましたか……あ、あのですね。少し大変なことになっていて」

 シェルーナは、アドールの方を見て眉をひそめていた。
 それはつまり、彼に関係する何かが起こったということだろうか。
 当然のことながら、この機に乗じてヴェレスタ侯爵家の財産を狙う者はいるだろう。そういった輩が、いよいよ現れたということかもしれない。

「……坊ちゃま、これは坊ちゃまにとってはとても酷なことかもしれません」
「シャルーナさん、僕なら大丈夫ですから、話を進めてください。現実を受け止める覚悟は、もう決めていますから」

 シャルーナの言葉に答えながら、アドールは私の傍までやって来た。
 使用人の前であるため強がっているが、本当は不安だということだろう。
 私は、そんな彼の体に手を回して引き寄せる。初めは驚いていたが、アドールはそれを受け入れてくれる。

「シャルーナ、何があったのかを聞かせて頂戴」
「……アドラス様が乗った船が、沈没したそうです」
「……なんですって?」

 私は思わず、シャルーナに聞き返していた。
 彼女の言ったことが、すぐに受け入れられなかったからだ。
 ただ、シャルーナはそんな悪趣味な冗談を言うような子ではない。となるとこれは、紛れもない真実であるということになるだろう。

「随分と遠くの海まで出ていたようですが、その辺りで嵐に見舞われたらしく……」
「嵐……」
「今、行き先だったアルトリア王国の方から連絡がありました。そちらの方が近かったようですからね……何人か助かったようですが、その中にはアドラス様やヘレーナ様はいないようです」

 シャルーナは私達の前に、乗船者のリストを見せてきた。
 そこのリストには、行方不明と記されている人達がいる。アドラス様やヘレーナも、その一員だ。
 つまり二人は、あちらの国に辿り着けなかったということになる。その事実に、私は固まるのだった。