「ううん、そんなんじゃないってば! こんなにちゃんとしたアドバイスがもらえるなんて思わなかったから、感動してるの。貴重な意見をありがとう」

「お、おう……」

 ぶっきらぼうにそう言いながら、わたしからそっと顔をそらす市川くん。

「……まあ、一番ぐっと来たのはやっぱここだよな。『もう、ケンカはしねえ』って宣言するとこ。好きな女を守るために、ケンカをするんじゃなくて、しねえって選択するとこ。そんなことができたら、かっけーよな」

「市川くんは…………するの?」

 思わず市川くんがわたしのマンガ原稿を持つ手に、目が行ってしまう。

「……」


 その手で、人を殴ったりするの?

 だったら……なんか、やだな。


「してほしくなければ、少女マンガの主人公みたいに言えよ。『ケンカなんかしちゃダメ』って」

「言ったら、しない?」

「さあな」

「しないで」

「だからっ。言われたらしねえとは言ってねえからな。だいたい、向こうが勝手に絡んでくんだよ。この目つきは生まれつきだっつーのに、『こいつ、ガンつけやがった』とかいちゃもんつけやがって」

「それでもっ。ケンカなんか、しちゃダメだよ」


 だって、本当の市川くんは、きっと優しい心の持ち主だから。

 わたしは、少女マンガ好きの人に、きっと悪い人はいないって信じてるから。


「……そんで、これ、続きはねえの?」

 わたしの言葉はムシして、市川くんがわたしに問いかけてくる。

「頭の中にはあるんだけど。とりあえずは、そこで完結……です」

「ふうん。そっか。そんじゃこれ、明日まで預かってもいいか? 汚さないように気をつけるからさ。もう一度ゆっくり読ませてほしい」

「も、もちろん」

「そんじゃ、明日な。あと、これも、さんきゅーな」

 さっき渡したマンガの新刊を掲げてお礼を言うと、市川くんは立ち上がってわたしより先に屋上をあとにした。