「まったく、この子は」

 そうつぶやいて、お母さんが大きなため息を吐く。

「……先に車の方に行ってるから。話が終わったら、ちゃんと来るのよ」

「わかってるよ」

 うんざりしたように市川くんが言う。


 でも、なんだかいつもより幼く見えるのは、やっぱり市川くんのお母さんがそばにいるからなのかなあ。


 ロングヘアを風になびかせながら駐車場に向かって歩いていく市川くんのお母さんのうしろ姿をぼーっと見送っていると、

「……そうだ。白崎センセ」

「は⁉ あんた、外でその名前は言わないでっていつも言ってるでしょ⁉」

 市川くんのお母さんが、怖い顔でバッと振り返る。

「はーい、ごめんなさーい」

 のんびりした声でお母さんに謝ったあと、市川くんがわたしに向かってペロッと舌を出す。


 えーっと……?


「えぇっ⁉ ひょっとして、だけど……」

「白崎カノンは、オレの母さんのペンネーム」

「そう、だったんだ」


 わたし、ホンモノの白崎先生に会っちゃったってこと……?


 全身の力が抜けて、その場にへなへなと座り込む。


「おい、大丈夫かよ⁉」

 市川くんの慌てた声が聞こえ、ゆっくりと顔を上げるとへらりと笑って見せる。

「大丈夫。ただ、びっくりしすぎて腰が抜けただけだから」


 まさか、だよ。

 白崎先生が市川くんのお母さんで、白崎先生の息子が市川くんで……。

 人気マンガ家が自分ちにいるって、いったいどんな感じなんだろ。


「……昔から、少女マンガ買うためなら、いくらでもおこづかいもらえたんだよ」

「そっか。それで、少女マンガが好きになったんだね」

「まあ、そんなとこ。母さん、あんたのマンガ、ホメてたぜ」