「ぜってー誰にも言うなよ」
バイト初日。
わたし・山村朱音、さっそくの大ピンチです……!
わたしより頭ひとつ分高い身長に、長めの金髪、目は鋭くつり上がっていて、耳元にはいくつもピアスが付けられている。
ザ・ヤンキーのクラスメイト、市川洸くんが、なぜかわたしのバイト先の本屋の少女マンガコーナーを、周囲の様子をコソコソ伺いながらうろついていたんだ。
そんなの、明らかに不審者……万引き犯にしか見えないじゃない?
本来なら、気付いた時点で、応援を呼びに行くべきだった。
けど、もし本当にそうだったとしたら、他の人に気付かれる前に、絶対に止めなくちゃって思ったんだ。
だって、ヤンキーとはいえ、できればクラスメイトを犯罪者にはしたくなかったから。
クラスで一番……ううん、学校イチの不良と恐れられている市川くんが、まさか人目を忍んで少女マンガを買いに来ていただなんて、思ってもみなかったんだもん。
「ぜ、絶対に誰にも言わないから……」
一番奥の本棚の影に無理やり連れ込まれ、壁にぐいと押し付けられたままか細い声でわたしがそう言うと、わたしを押し付けていた力が、安堵のため息とともにふっと緩む。
「もし誰かにバラしたら……どうなるか、わかってるよな」
低い声でもう一度凄む市川くんに、こくこくと無言で首振り人形のごとく何度もうなずいて見せる。
今の時代、マンガアプリでいくらでもこっそり読めるはずなのに。
推しマンガは、どうしても紙で手元に置いておきたいだなんて……そんなの、共感しかないじゃない。
だけど、
『わかる!』
『だよね!』
喉元まで出かかった言葉を、わたしはぐっと飲み込んだ。
だって、そんなことをヘタに口にすれば、また睨まれるに決まってるから。
「そうだ。おまえ、ここのバイトなんだよな?」
わたしがまたこくこくと何度もうなずいて見せると、市川くんがニヤリと悪い笑みを浮かべる。
「だったらおまえ、今日から俺のパシリな」
……ちょっと待って。
なんでヒミツを握られて困っている(はずの)人に、こんなふうに脅されなきゃいけないわけ⁉
だけど、ヤンキー相手に、そんな反論をする勇気があるわけもなく——。