――昼休み

「あら? あそこにいるのは、ひょっとしてメラニーさんじゃないかしら?」

学生食堂の帰り道、渡り廊下を歩いていると友人のアニータが中庭にいる人物に気付いて足を止めた。

「ええ、そうね……そして一緒にいるのはフリッツよ」

私――ロッテ・ブライスは忌々し下にフリッツを遠目から睨みつけた。

フリッツ・メンゲルは名門伯爵家の跡取り息子であり、来月は卒業を控えている。
そして一緒にいるメラニー・オランは田舎出身の男爵令嬢で……フリッツの浮気相手……と囁かれている。

2人は中庭のベンチに座り、親しげに会話をしている。

「最近、あの2人はいつも一緒にいるわね? こんな言い方してはいけないかもしれないけれど、一体フリッツ様は何を考えているのかしら? 婚約者がいながら堂々と浮気をしているなんて」

アニータは様子をうかがうかのように、チラリと私に視線を移す。

「全くだわ。フリッツ様は来月の卒業パーティーをどうするつもりかしら」

もう一人の友人、リゼが私に問いかけてきた。

「……そうね。フリッツからは卒業記念パーティーのパートナーの申込みがまだ来ていないようだし……ひょっとするとメラニーさんに申し込むつもりかしら」

すると私の言葉に2人の友人が驚く。

「ええ!? 本気で言ってるの!?」
「ロッテ、このまま黙っているつもり!?」

「黙っているつもりはないわ。ただ、あと少しだけ様子を見ようと思っているの。今ここで2人を問い詰めても、言い逃れされてしまうかもしれないわ」

「だけど……」

リゼが心配そうな眼差しを向けてくる。

「学園内で、ただ2人で話をしているだけでは浮気とは言い切れないでしょう? ただの友人だと言われたらそれまでだし。憶測で浮気と決めつけたら、揚げ足を取られてしまうかもしれないもの。もっと確実な浮気の証拠が出てくるまでは泳がせておくわ」

「泳がせておくだなんて……」
「さすがはロッテね」

2人の友人は私を見て口元に笑みを浮かべる。

「さて、それじゃ次の教室へ行きましょう」

私はアニータとリゼに声をかけると、皆でその場を後にした。
風に乗って聞こえてくるメラニーの笑い声を聞きながら――


****

 あれから数日後――

フリッツとメラニーの仲は相変わらずだった。

休み時間は2人で一緒に過ごしている様子を度々目にするも、親しげに会話をしているだけで恋人同士のような雰囲気は無かった。
今日もフリッツとメラニーは中庭のベンチで話をしている。

私はそんな2人の様子を少し離れた場所で柱の陰から様子をうかがっていた。

「あんなに楽しそうにして……一体2人は何の話をしているのかしら?」

段々フリッツに対して、怒りがこみ上げてきたその時――

「あら? ロッテ。こんなところで何をしているの?」

「ひゃあぁあっ!」

突然背後から声をかけられ、妙な悲鳴を上げてしまった。慌てて振り向くと、私のあこがれの先輩、アリシア・フリーゼ様だった。

「あら、ごめんなさい。驚かせてしまったかしら?」

「い、いえ。大丈夫です。ほんの少し驚いただけですから」

ドキドキする心臓を押さえながら返事をした。
アリシア様は私より1学年上の先輩で、容姿端麗、成績優秀な素晴らしい女性。しかも女性でありながら生徒会長を務めている。

本来であれば私のような凡人が、雲の上の存在であるアリシア様とでは話が出来る立場にはないのだが……私にはある特権があった。

それは私達は幼馴染という特権だ。

「ところで、ロッテ。こんなところで一体何をしているのかしら?」

まずい!
アリシア様に私が覗き見してたことを知られるわけにはいかない!

「い、いえ。ついさっき、庭を美しい蝶が飛んでいたので見ていただけです。でも、もうどこかへ飛んでいってしまったので今更探しても無駄ですよ」

何とか、中庭から目をそらさなければ。

「そうだったのね。でも久しぶりにロッテに会えて嬉しかったわ。卒業すれば、中々会うことも叶わなくなるし……そうだわ。卒業式を終えれば、私も暇になるからまた家に遊びにいらっしゃいよ。フリッツと一緒に」

「え!? そ、そうですね!」

フリッツの名前が出てきて心臓が飛び出しそうになる。
きっと、生徒会長として最後の大仕事で忙しくしているアリシア様は知らないだろう。
フリッツとメラニーの噂話を。
何しろアリシア様は昔から噂話を全く気にもとめない女性だから。

「それじゃ、生徒会の仕事がたまってるから行くわね」

「はい。お仕事頑張ってください」

アリシア様は笑顔で手を振ると、去って行った。
その後姿を見届けると、私は再びフリッツとメラニーの様子を伺った。

2人に対して、密かに湧き上がる怒りを押さえながら……。



****

 アリシア様と会ってから2日が経過していた。

フリッツは相変わらず卒業パーティーのパートナーの申込みをしてくる様子はないし、メラニーと親しげな様子を校内で見かける。

……卒業パーティーは来月だというのに、一体フリッツは何を考えているのだろう? それとも、メラニーをパートナーに決めてしまったのだろうか?

かと言って、私の口から問い詰めるのもイヤだった。
仮に、ロッテには関係ないだろうと言われようものなら、冷静でいられる自信が無かったからだ。

そこで私はフリッツを揺すぶる作戦を取ることにした――


――その日の中休み。

私はフリッツのクラスを訪ねていた。

「フリッツはいるかしら……?」

教室を覗いていると、近くにいた男子生徒が私に気付いて声をかけてきた。

「あれ? 君は……2年生かい? 誰を探しているのかな?」

2年生の女子生徒は制服のリボンが赤と決められている。彼は即座にそのことに気付いたのだろう。

「はい、フリッツ・メンゲル様を探しています」

「あぁ、フリッツか。彼ならいるよ。おーい! フリッツ!」

男子学生が教室の窓際に向って声を張り上げると、他の男子生徒の陰からフリッツが姿を現した。

「何?」

「2年の女子生徒がお前に会いに来てるぞ!」

「え? 俺に?」

そこで私は教室の入口から顔を覗かせた。

「あ! ロッテじゃないか!」

私が会いに来たことに、よほど驚いたのかフリッツが目を見開いた――


 私とフリッツは廊下で話をしていた。

「一体、何の用で俺の教室に来たんだよ」

「何って、顔を見にきちゃ行けなかったの? それとも迷惑だった?」

あろうことか、この私に何て物の言い方をしてくれるのだろう?

「迷惑だったとは言ってないよ。ただ驚いただけだよ。だって校内で俺に会いに来たのは初めてだろう?」

「ええ、そうよ。だって遠慮していたから」

これでも私なりに今までフリッツには気を使っていたのだから。

「ふ〜ん……そうか。中休みは短いから、手短に用件を話してくれよ」

その言い方にイラッとくる。
本来なら私だって、たった15分しか無い中休みにわざわざ校舎が違うフリッツのクラスになど来るものか。
だけど、昼休みはいつもメラニーと過ごしているから会いに来れないのよ! ……とは、口が裂けても言いたくは無かった。
言ったら何故か負けたような気がするからだ。

「どうしたんだ? 眉間にシワが寄ってるぞ?」

フリッツは私の顔の表情に気付いたのか、首を傾げる。

「そう? 気のせいじゃないの? ところで、フリッツ。明日は学校がお休みでしょう? 久しぶりに私と一緒にアリシア様のお屋敷に遊びに行かない?」

「え! いや〜……その、明日はちょっと無理なんだ。その、友人と出掛ける用事があってね」

私から視線を反そらせながら返事をするフリッツ。

「あら、そうなの? 友人て誰?」

「話しても仕方ないだろう? ロッテの知らない相手なんだから」

「ふ〜ん……そう。なら仕方ないわね」

やはり、出掛ける相手はメラニーに違いない。
実は今朝、メラニーが複数の女子生徒たちと歩いている姿を目撃した。
メラニーは彼女たちに、明日は10時に噴水広場の前で待ち合わせをして出掛るので楽しみだと自慢げに話しているのを偶然耳にしていたのだ。

「そう、仕方ないんだよ。」

ぎこちなく返事をするフリッツ。

「分かった、ならいいわ」

「え? いいの?」

私があっさり引いたからだろう。フリッツがキョトンとした顔になる。

「ええ、いいわ。だって先約があるのでしょう? それとも約束を取り消せるの?」

「いや、それは無理だよ!」

フリッツはブンブン首を横に振り、即答する。
やはり、メラニーとの時間を優先するということなのか。再び私の中でフツフツと怒りが湧いてきそうになる……のを理性で何とか抑え込む。

「分かったわ、それなら私1人でアリシア様の家に行ってくるわ」

「あぁ、悪いけどそうしてくれるかい?」

その表情、少しも悪そうに見えない。むしろ安堵の表情に見える。

「それじゃ、休み時間がそろそろ終わるから私、もう行くわね」

「ああ、それじゃあね」

ホッとした様子のフリッツに手を振ると、私は急ぎ足で自分の教室へ向った。


フリッツはきっと、今の話で油断したに決まっている。
絶対明日、2人はデートをするに違いない。

その決定的証拠を掴んでやろうじゃないの!

私は闘志を胸に燃やすのだった――


****

――翌日8時半

「フッフッフッ。完璧な姿ね」

私は鏡の前でポーズを取った。カーキー色のチェックのジャケットにブラウンのボトムス。だてメガネに、長い髪はキャスケット帽の中に隠してある。

「何処からどう見ても、美少年にしか見えないわ!」

鏡の中に映る自分をビシッと指さした。

「お姉様……本当に、その姿で出掛けるつもりですか……? お母様が見たら卒倒しますよ?」

4つ年下の弟、デニスが心配そうに声をかけてくる。

「大丈夫よ。誰も私がロッテだと気づかないわ」

「だけど、その服は僕のです。すぐにバレてしまうのではありませんか?」

「ええ、だから……バレる前に出掛けるのよ!」

メッセンジャーバッグを肩から下げると、カメラをチェックする。
新し物好きな私は、最近巷で流行し始めたカメラを父に強請って強引に手に入れていたのだ。

「このカメラを使って、フリッツの浮気している決定的瞬間を収めてやるのだから」

「……でもそんな回りくどいことをしなくても、デートをしているフリッツ兄様を直撃すればよいのではありませんか?」

デニスはフリッツを慕っているので「フリッツ兄様」と呼んでいた。

「駄目よ、それでは意味がないの。直撃して話を聞くだけでは証拠として残せないでしょう? こうやってカメラに収めることでフリッツの弱みを握ることに繋がるのよ」

「……陰険だなぁ……」

「何? 今、何か言った?」

ジロリと睨むと、デニスが震える。

「い、いえ! 何でもありません! お姉様、どうぞお気をつけて言ってらっしゃいませ!」

「ええ。行ってくるわ!」

そして私は部屋を出ると、コソコソと物陰に隠れながら誰にも見られること無く脱出に成功したのだった……。



「確か、10時に噴水広場の前で待ち合わせだったわよね」

屋敷を出た私は懐中時計を取り出した。

「今は9時過ぎね……屋敷の馬車を使うわけにはいかないし……こうなったら辻馬車を拾って行くしか無いわね!」

慣れない革靴で私は辻馬車乗り場を目指した。



****

――9時半

 辻馬車が噴水広場で停車した。

「どうもありがとうございました」

辻馬車を降りて御者に代金を支払うと、早速私はフリッツとメラニーの姿を探した。

「あの2人はどこかしら……? それにしてもすごい人だかりね。何かイベントでもあるのかしら? これじゃ探すのに手間が掛かりそうだわ。あら? あそこにいるのは……!」

その時私は人混みの間から、めかしこんだ姿でベンチに座るフリッツの姿を発見した。

「何? あの格好……ベストにジャケット……それに蝶ネクタイまでしてるじゃない! 随分気合を入れているのね……あ! 立ち上がって手を振っているわ! 誰か来たのね!」

すると、予想通り現れたのはメラニーだった。
彼女もまた気合を入れたワンピースドレス姿をしている。

「あの格好……間違いないわ。絶対これからデートをするつもりだわ!」

カバンからカメラを取り出すと首からぶら下げた。

「フッフッフッ……今日は1日あなた達に張り付いて、証拠写真を何枚も収めてやるんだから……あ、手を繋いで移動を始めたわ。追いかけなくちゃ!」

万一の為にキャスケット帽を目深にかぶると、私は仲よさげに手を繋いで歩く2人の尾行を探偵気分で開始した。

 2人は私に尾行されていることも気づかず、手を繋いで仲よさげに話しをしながら歩いている。

「フリッツめ……婚約者がいながら、よくも堂々と町中でメラニーとデートをしてくれるわね」

どうやら今日はお祭りで、いつもの噴水広場には様々な屋台が立ち並んでいる。多くの人々が楽しそうに広場を散策し、1人で行動しているのは私だけのようだ。

人だかりが多いので尾行にバレることはないけれども、一度見失えば捜すのは困難だろう。

「絶対に見失わないようにしなくちゃ……」

自分に言い聞かせ、私は人混みをかき分けるように2人の後を追った。


「あ、立ち止まったわ! 一体何をするつもりかしら……あら? 何か買うつもりね?」

足を止めたのはジューススタンドの屋台だった。
フリッツは男性店員に何か話しかけると、グラスに注がれたオレンジ色の液体……恐らくオレンジジュースを2つ手渡してきた。
フリッツとメラニーはグラスを受け取ると、傍のベンチに座って美味しそうに飲んでいる。

「く〜っ! 美味しそうにジュースを飲んでいるわね……私だって喉が乾いているのに……そうだわ! 今がシャッターチャンスじゃない!」

首から下げていたカメラを構え、そろそろと人混みに紛れながら2人に近づくと木の陰からパシャリと1枚撮影した。

「よし、証拠写真を1枚撮ったわ。この調子でジャンジャン撮っていくわよ!」

2人はジュースを飲み終わると、グラスを店員に返却して再び手を繋いで歩き出した。
今度は一体何処へ行くつもりなのだろう?
私は引き続き尾行を続けた。

その後もフリッツとメラニーのデートは続いた。
広場にいた絵描きの前で似顔絵を交互に描いてもらって交換したり、大道芸を楽しそうに見物もしたり。

サンドイッチの屋台で2人が美味しそうに食事をしている姿を、私は空きっ腹の状態で撮影したり……。

公園の池でボートに乗る2人を望遠レンズをセットしてこっそり撮影も行った。
この頃になると、もはや尾行をしているのか2人のデートの記念写真を撮っているのか自分でも分からなくなっていた。

そして、太陽がオレンジ色に染まる頃……2人は手を繋いで辻馬車に乗り込んだところで尾行は終了となった。

2人を乗せた辻馬車が遠ざかっていく様子を見つめながら、私はほくそ笑んだ。

「フッフッフッ……見ていなさいよ。フリッツ、メラニー。あなた達のデート現場をバッチリ撮影させてもらったわ。もう、これで浮気の言い逃れなんかさせないんだから!」

ただ欲を言えば、もっと決定的な現場を撮影したかった。
例えば抱き合っている現場とか、キスしている現場とか撮れれば最高だったのに。

「う〜ん……でもこれでも十分よね。さて、私も帰りましょう!」

私は意気揚々と辻馬車乗場へ足を向けた。
家に帰ったら、早速写真の現像作業に入ろう。そして浮気の証拠写真を見せつけてフリッツに謝罪させるのだ。

「……どうやって謝罪させようかしら。地べたに這いつくばらせて謝罪させる? ついでに『もう二度と浮気は致しません』って反省文を書かせてもいいかもね。そうだわ、メラニーに慰謝料を要求するのもありよね? 何しろ人の婚約者に手を出したのだから」

この時の私はフリッツとメラニーに謝罪させることで頭が一杯だった。

まさか、私の行動が予想外の展開になるとは思いもせずに――


****


 屋敷に戻ると着替えをする時間も惜しんで、暗室にこもって写真の現像を行った。

「フフフ……見ていなさいよフリッツ。この写真を突きつけて、浮気したことを死ぬほど後悔させてやるんだから……」

ピンセットでつまみ上げた写真を取り上げ、私は不敵? な笑みを浮かべた――


****


――翌朝

カーテンの隙間から太陽が差し込み、顔を直撃した。

「う〜ん……眩しい……」

ゴロリと太陽とは反対側に背を向け……すぐに我に返った。

「そうだわ! 写真!」

ガバッとベッドの上から起き上がると、手早く着替えを済ませて廊下を飛び出したところでフットマンに出会った。

「おはようございます、ロッテ様。そんなに急がれて、一体何処へ行かれるのですか? もうすぐ朝食のお時間ですが」

「暗室よ! 先に食べておいてと家族には伝えておいて!」

「は? はい、伝えておきます」

「よろしくね!」

怪訝そうに首を傾げるフットマンを残し、駆け足で現像室へ向った――


 現像室に到着すると、すぐにロープに干してある写真を確認することにした。

「どれどれ……写真は乾いているかな〜よし、大丈夫そうね」

早速ロープから写真を外すと画像をチェックする。

「上出来上出来。ばっちり2人の浮気現場が映っている。見てなさい、フリッツ……この写真を使って脅迫し、浮気したことを死ぬほど後悔させてやるんだから」

今回撮影した写真は10枚。
すべての写真を封筒に大切にしまうと、ニヤリと笑った――



 ダイニングルームへ行くと家族は食後のお茶を飲んでいた。

私は1人、食事をしていると弟デニスが尋ねてきた。

「お姉様、写真はうまく撮れたのですか?」

「ええ、ばっちりよ。私ったら、どんどん写真を撮る技術が上がってきたみたい。卒業したらプロのカメラマンになろうかしら?」

すると新聞を読んでいた父が顔を上げた。

「ロッテ、また写真を撮ったのか?」

「はい、お父様」

「全く、あなたって子は……かりにも女性なのだから、もっと他の物を嗜んだら? 例えば刺繍とか……」

母が口をとがらせる。
小さなときから男の子のように活発な私を母は良く思っていなかった。

「人には向き不向きというのがあるではありませんか。私の刺繍がどれほど下手かはご存知ですよね?」

「そ、それは確かに……」

「お姉様は刺繍をすると生地ではなく、自分の指を刺していますよね」

デニスはおかしそうに笑う。

「まぁ、最近は職業婦人として活躍している女性たちもいるからな。それで、どんな写真を撮ったのだ?」

父が写真に興味を持ってきた。

「ええ、ここに持参してあります。どうぞ、御覧になって下さい」

ポケットから素早く封筒を取り出すと給仕のフットマンが受取り、父に手渡した。

「どれどれ、我が娘は今回どの様な写真を撮ったのだろう? 前回は美しい遺跡の写真だったが……なぬっ!!」

写真を目にした途端、父の顔色が変わる。

「あら、何が映っているの? 私にも見せて頂戴」

「僕にも見せて下さい!」

野次馬根性の母と兄も父の元へ集まり、写真を見て目を見開く。

「まぁ!! フリッツじゃないの!」

「フリッツ兄様だ……」

「ロッテ! この女性は一体誰なのだ? いつ撮影したのだ!」

父が興奮気味に尋ねてきた。

「その写真は、昨日私が2人を尾行して撮影しました。相手の女性は男爵令嬢です。これは立派な浮気の証拠写真ですよ」

「う、浮気だと! フリッツめ……婚約者がいながら、堂々と……」

父の写真を持つ手が震える。

「そうそう、ついでに言うとフリッツはひょっとするとその女性を卒業パーティーのパートナーにするかもしれません」

「何ですって? それではまだパートナーに誘われていないということなの?」

「ええ……そうですね」

母の質問に、私は重々しく頷く。

「一体どういうことだ……我々の顔に泥を塗るつもりか? こうなったら直接メンゲル家に……」

「お待ち下さい、お父様」

憤る父を冷静に止める。

「どうした? ロッテ」

「その役目、私にやらせて下さい。何しろ証拠写真を撮ったのは他でもない、この私ですから」

「……どうするつもりだ?」

「私に考えがありますから」

私はニコリと笑い、朝食を再開した――


****


――翌日

私はフリッツの浮気証拠写真をカバンに入れて登校した。

「フッフッフッ……あの2人、どう料理してあげようかしら」

結局昨日は1日部屋に閉じこもり、どんな方法が一番フリッツとメラニーを懲らしめるのか妙案が思い浮かばなかった。
おかげで、本日は少々寝不足気味だった。

「ふわぁ〜……眠いわ……」

欠伸を噛み殺し、校舎に向って歩いていたその時。

「おはよう、ロッテ」

背後から声をかけられ、肩をポンと叩かれた。

「ひゃあ!」

驚いて思わず変な声が出てしまう。

「あ! ごめんなさい、驚かせてしまったかしら!」

声をかけてきたのはアリシア様で、申し訳無さそうに謝ってきた。

「いえ! そんなことありません。ただ今日は少々眠気があって、それで少し驚いてしまっただけですから」

「あら? 寝不足なの? 何かあったの?」

並んで歩きながらアリシア様が心配そうな表情を浮かべる。

「い、いえ。特に何もありませんけど」

本当はフリッツのことで色々頭を悩ますことがあるけれども、それを今アリシア様の前で言うわけにはいかない。
何しろ話をするには時間が足りなさすぎる。

「そうだわ、生徒会室にとっておきのコーヒーがあるの。昼休みに飲みにいらっしゃいよ。きっと眠気も覚めるわ」

ナイスな提案をしてくるアリシア様。

「本当ですか!? 行きます! 生徒会室にお邪魔させていただきます!」

「フフフ、待ってるわね。それじゃ、私はこっちの校舎だから。また後でね」

「はい、お昼休みにまたお会いしましょう!」

私は元気良く手を振ると、自分の教室へ向った。
偶然アリシア様に会えて良かった。そのおかげで、フリッツをどう料理してやろうか妙案が浮かんだのだから。


 私は自分の教室へ行く前に、まず最初にメラニーの教室を訪ねた。
幸い? なことにメラニーは私と同学年で同じ校舎。授業開始までは後10分ある。それだけあれば用件を伝えるには十分だろう。


 メラニーのいる教室を覗いていると、顔見知りの女子生徒が私に気付いてい声をかけたきた。

「あら? ロッテさんじゃない。うちのクラスに何か用?」

「ええ。ちょっとメラニーさんを捜しているのよ」

「あ、メラニーさんならほら。窓際の席に座っているわよ」

その言葉に窓際に視線を移すと、2人の男子生徒たちと笑顔で会話している姿があった。

「何? 一体どういうこと?」

フリッツだけでは飽き足らず、他の男子生徒にもちょっかいだしているのだろうか?
すると私の呟きが聞こえたのだろう。

「彼女は転校してまだ3ヶ月程だし……あまり女子生徒の間では評判が良くないのよ。男子生徒の間では、あんな感じだけど」

「そうなの、なら彼女は悪女決定ね。教えてくれてありがとう」

「え? 悪女?」

戸惑う彼女に礼を述べると、私はズカズカと教室の中に入っていった。
すると私の気配に気付いたのか、2人の男子生徒とメラニーが顔をこちらに向ける。

「メラニーさん。少しお話がしたいのだけど、良いかしら?」

「え? あなたはどなた?」

キョトンとした顔で私を見上げるメラニー。
なるほど、転校生と言うだけのことはある。私のことを知らないというわけだ。

「君はBクラスのブライスじゃないか」
「俺達のクラスに何の用だよ」

けれど私は外野を無視し、メラニーに話しかける。

「あなたは私のことを知らないようだけど、私はあなたをよーく知っているわよ?」

そして、おもむろにカバンの中から1枚の写真を取り出して突きつけた。
写真に映るのは、メラニーとフリッツが同じボートに乗っている写真だった。

「「「あ!!!」」」

3人が同時に声をあげる。

「この人は3年のメンゲル先輩じゃないか?」
「メラニー、先輩とデートしたのか?」

一方のメラニーは顔を真っ赤にさせて私を責めてきた。

「こ、この写真どうしたの! まさか隠し撮りでもしたの!?」

「ええ、そうよ。メラニーさん。あなたはフリッツに婚約者がいることを知っているのかしら?」

私は写真をカバンに戻した。

「え……? こ、婚約者……?」

メラニーの顔が青ざめる。
まぁ、確かにフリッツに婚約者がいることを知っているのは極僅かだ。何しろ当事者があまり学内で知れ渡るのを良く思っていないので公言していないからなのだが。それが裏目に出てしまったのだろう。

「いくら知らなかったと言われても婚約者がいる男性とデートなんて、世間はどう思うかしら?」

「そ、それ……は……」

ガタガタ震えるメラニー。彼女は爵位の低い男爵令嬢、身の程は知っているはずだ。

「お、おい。行こうぜ」
「ああ、そうだな……」

メラニーの傍にいた男子生徒がコソコソとその場から立ち去る。恐らく巻き込まれたくは無かったのだろう。

「それじゃ、私も行くわ」

メラニーに背を向けると、背後から焦った声で呼び止められる。

「ええ!? ちょ、ちょっと! こんな中途半端な話で行ってしまうの!? 結論も出ないうちに!?」

「ええ。だって後5分で授業が始まってしまうもの。遅刻したくはないものね」

振り返り、それだけ告げると颯爽と教室を出て行った。

フッフッフッ……。

せいぜい、今日1日悩んで怯えるがいいわ。
よし、この調子で次の中休みはフリッツを直撃してやろう。

教室へ向かいながら、私は1人ほくそ笑んだ――


****


 ――午前10時

2時限目の授業が終わり、中休みになったので私は急いでフリッツのクラスへ向った。

教室を覗くと今回は私の姿に気付いたようで、一瞬いやそ〜な表情を浮かべたフリッツがこちらにやって来た。

「ロッテ……また来たんだね」

「ええ。またしても来たわ。フリッツに見せたいものがあってね〜」

「な、何なんだよ……その楽しそうな話し方は」

「ほら、これよ」

ポケットから写真を取り出すと、フリッツの前に突き出した。

「ん……? ああっ!! な、何だ! この写真は!」

そこにはフリッツとメラニーが手を繋いで笑顔で見つめ合っている場面が映し出されている。

「こ、こ、こ……」

「あら、いやだ。驚きすぎて、ニワトリにでもなってしまったのかしら?」

「この写真は一体何だよ!!」

写真を素早くポケットに戻すと、私は笑みを浮かべた。

「見れば分かるでしょう? 2人のデート写真よ」

「まさか、ロッテ。俺達の後をつけていたのか!?」

明らか動揺するフリッツ。

「俺達ですか……なるほど、もう2人は一括りに出来るほどの仲になっているということね?」

「う……」

「それにしても、一体これはどういう状況かしら? フリッツ。婚約者というものがありながら、堂々と他の女性とデートをするなんて……これは立派な浮気よ!」

「い、いや、別人かもしれないだろう? もう一度その写真を見せてくれないか?」

写真を取り上げようとするつもりだろうが、そうはさせるものか。

「言っておきますけどね、この写真を取り上げようとしても無駄よ。ネガは私が持っているの。いくらでも現像出来るんですからね」

「そ、そんな……」

フリッツの慌てふためいている様子を見れば、恐らく婚約破棄をするつもりなはいのだろう。単なる遊びだということなのだろうか?
だが、私は2人を許すわけにはいかない。

「とりあえず、メラニーさんには慰謝料を要求するつもりだから彼女に良く伝えておいいてね」

「い、慰謝料だって!?」

「当然じゃない。彼女は婚約者がいる相手に手を出したのよ。しかも男爵令嬢という格下の身分で! 当然慰謝料を支払わせるわ」

「いくら何でも、それはやりすぎだと思わないか?」

フリッツは余程メラニーが大切なのだろうか? 彼女をかばうような言い方が気に食わない。

「言っておきますけど、私の父も大変激怒しているのよ」

「ひっ!」

この言葉に青ざめるフリッツ。
まぁ、それは当然だろう。父は泣く子も黙る軍人貴族として有名なのだから。

「それなりの誠意を見せてもらわなければ、フリッツの両親にも報告させてもらうから。この写真を使ってね」

「そ、それなりの誠意って……?」

「そんなことは自分で考えて頂戴。それじゃ、中休みも終わるから私は教室に戻るわ」

「ええ!? こ、こんな中途半端な状態で!?」

情けない声をあげるフリッツに返事もせずに、私は背を向けて歩き始めた。

舞台は整った。
後は最後の仕上げをするだけだ。

フリッツとの付き合いは長いので、十分私の性格を知り尽くしている。
きっと私の次の行動を見抜いているはずだ。

「フフフ……面白いことになりそうだわ」

私は足取り軽やかに、自分の教室へと戻っていった――


****

 その日の昼休み、私は生徒会室に来ていた。

「はい、ロッテ。コーヒーをどうぞ」

アリシア様が目の前のテーブルにカップを置いてくれた。

「ありがとうございます。わぁ……素敵な香りですね」

カップを手に取り、香りをかいでみる。

「父が外国から取り寄せたコーヒーなの。我が家でも好評なのよ」

そしてアリシア様は机に向かうと、書類に目を通し始めた。

「アリシア様、生徒会の仕事忙しいのですか?」

「そうね。卒業式まで後一月だから、色々忙しいわ」

顔もあげずに答えるアリシア様。

「大変ですね……」

コーヒーを飲みながらアリシア様を見つめた。

「確かに大変ではあるけれど、自分たちの卒業式に関わることだから楽しくもあるわね」

「そういうものなのですか」

「ええ、そういうものよ」

アリシア様はニコリと笑うと、再び仕事を始めた。

「……」

私はその様子をじっと見つめる。

本来ならアリシア様は来月卒業するので、生徒会の仕事は終わりになるはずだった。
けれど現在の生徒会長が先月、生徒会費用を使いこんでしまったことがバレて停学処分になってしまった。
しかもあろうことか、副生徒会長まで加担していたのだから驚きだ。

当然2人は生徒会役員から外され、生徒会長と副生徒会長のなり手がいなくなってしまった。
そこで、前生徒会長だったアリシア様が卒業ギリギリまで仕事をすることになったのだが……。

アリシア様は目も回るような忙しい身分となってしまった。

「アリシア様、私で良ければお手伝い致しましょうか?」

「いいのよ。大分、仕事も終わりに近づいてきているから。だから今は手伝いもいらないのよ」

確かに今、生徒会室にはアリシア様の姿しかない。他の役員は全員不在だ。

「それなら良かったです……」

そのとき。

――コンコンコン!

妙に切羽詰まったノック音が聞こえた。

「あら? 誰かしら?」

怪訝そうに顔を上げるアリシア様。けれど私には誰がここに訪れたのか、よーく分かっている。

「あ、大丈夫です。私が応対しますから、アリシア様はお仕事を続けて下さい」

「え? ええ。ありがとう」

私は立ち上がると、扉に近付いて声をかけた。

「どちらさまですか?」

『その声……ロッテだな? 俺だよ! フリッツだよ!』

扉の外から焦った様子のフリッツの声が聞こえる。

「あら? フリッツ様なの? 珍しいわね、生徒会室に現れるなんて」

「アリシア様、どうされますか?」

振り返り、尋ねた。

「勿論、入ってもらって」

「分かりました、どうぞ入って下さい」

すると、扉が開かれて取り乱した様子のフリッツが現れる。

「ご無沙汰しておりましたね? フリッツ様」

アリシア様は笑顔をフリッツに向けた。

「あ、あぁ……ご、ご無沙汰してたね……」

フリッツは引きつった笑みを浮かべ、次に怯えた様子で私に視線を送るが私は知らんふりをした。

恐らくフリッツは私に会うため、教室へやってきた。
そこで私が生徒会室に向ったと話しを聞いて、ここまで追いかけてきたのだろう。

さぁ、フリッツ。どうするつもりかしら?

私は彼の動向を見守ることにした。

「どうしたのかしら? フリッツ様。そんなところに突っ立っていないで、座ってはいかがですか? 今日はこうしてロッテもお茶を飲みに来ているところですし」

アリシア様がフリッツに座るように勧める様子を私は知らんふりしてコーヒーを飲んでいた。

「あ、ああ……そ、そうだね。でもその前に……」

突然フリッツは床に座り込むと、頭を床に擦り付けて叫んだ。

「俺が悪かった!! 許してくれ!!」

「え……?」

途端にアリシア様の顔に困惑の顔が浮かび、私とフリッツを交互に見比べる。

「あの……これはどういう状況かしら?」

うん、アリシア様が戸惑うのも無理はない。だって一切の事情をアリシア様は知らないのだから。

「すまなかった! メラニーとのことは一種の気の迷いだったんだ! 彼女はこの学園に転校してきて、まだ3ヶ月目。転校初日に、この学園で迷子になって困っているところを、俺がたまたま見かけて教室まで案内した。それが彼女との出会いだったんだ! 彼女は教室に送ってくれたお礼に翌日、わざわざ俺の教室に手作りのクッキーを持ってきてくれて……そこから、なんとなく親しくなっていった。決して浮気とかそんなつもりじゃなかったんだよ!」

床に頭を擦り付けながら必死で訴えるフリッツ。
なるほど……知らなかった。それがメラニーとの馴れ初め? だったのか。

「昨日、出掛けたのだって、本当に初めてだったんだよ!! 俺が卒業する前に、その……さ、最後の思い出が欲しいってメラニーが訴えてきたからなんだ! 誓って言う! 一緒に出掛けたのは昨日が初めてだって!! だから……」

そこでフリッツは顔を上げた。

「君との婚約破棄なんて、一切考えていない!! 卒業記念パーティーのパートナーになって下さい!!」

フリッツは、()()()()()に訴えた――

「……浮気? メラニーさん……一体何のことかしら? フリッツ様」

アリシア様は、驚いた表情を顔に浮かべ……ため息をついた。

「え……? だ、だって……ロッテから証拠の写真を見せてもらったんじゃ……」

フリッツは顔を上げて、次に怯えた様子で私を見つめる。

「いいえ、私はまだ写真をアリシア様には見せていませんけど?」

私は再びコーヒーを口にした。
だいたい、私は最初からフリッツとアリシア様の婚約破棄を望んでなどいない。だって、アリシア様は私の憧れの女性なのだから。
従兄弟のフリッツとアリシア様が結婚すれば、私はアリシア様と親戚同士になれる。
だから、浮気などバカな真似はやめるようにフリッツを脅迫するために尾行して写真を撮ったのだから。

フリッツが土下座までして謝罪したのだから、きっとアリシア様は許してくれるだろう。

すると……。

「ロッテ、その写真を今持ってるのかしら?」

「はい、持っています」

返事をすると、アリシア様が手を差し出してきた。

「だったら、私にも見せてくれるかしら? 当然見る権利はあるわよね?」

「ええ勿論です!」

憧れのアリシア様のお願いを断るはずもない。早速写真をアリシア様に差し出す。

「お、おい!! ロッテ! やめろ!」

フリッツの言葉なんか、この際無視だ。

「どうぞ、アリシア様」

「ありがとう」

にっこり笑って、アリシア様は写真を見つめる。

「……まぁまぁ、とても楽しそうね……この写真は2日前に行われたお祭りの写真ね? 私が我が家に誘った日だわ」

段々アリシア様の声のトーンが変わっていく。……あれ? 何か様子が……?

「そ、そ、それは……」

「この日は久々に家で過ごす時間が取れたので、我が家に誘ったというのに……卒業記念パーティーのことで相談もあったし……なのに、フリッツ様はデートですか?」

アリシア様の口元は笑っているけれども……目が笑っていない。

「だ、だから……それは……デートとかではなく、友人として遊びに行っただけで……そ、それよりアリシア!! パートナーの返事を聞かせてくれ!」

すると……。

「は? 寝言は寝てから言ってもらえないかしら?」

アリシア様が乱暴な口調で言い放った。

「「え……??」」

今まで見たこともない態度に、私もフリッツも固まる。

「私は寝る間も惜しんで、生徒会の仕事を頑張ってきたのに……フリッツは一応、引退はしたけれども生徒会役員の一人だったでしょう? なのに、一度も手伝いに来てくれたことは無かったわよね? 私、何度も生徒会室に来てくださいとお願いしていたのに……あなたが学園内で後輩の女子生徒と仲良くしていた話を私が知らないとでも思っていたのかしら?」

淡々と話すアリシア様。いつの間にか、フリッツ様がフリッツに変わっている。
生徒会室にこもりっきりだったから、てっきりメラニーの話は知らないと思っていたのに……!!

「パートナーになって欲しい? 冗談じゃありません、お断りだわ。それに父とも話し合っていたところなんです。フリッツとの婚約解消の話をね」

その言葉に耳を疑う。

「え!! アリシア様! その話、本当ですか!?」

「ごめんなさい、ロッテ。あなたのお父様からフリッツを紹介してもらって婚約をしたけれども……こんな誠意の無い相手とは結婚なんて無理、先が見えてしまうわ。実は近い内に、あなたのお宅にそのことで相談に行く予定だったのよ」

「そ、そんな……ぁ」

あまりのショックで思わず、ソファから崩れ落ちそうになる。

「そ、それじゃ卒業式のパートナーは……?」

フリッツの言葉に、アリシア様はため息をつく。

「フリッツ……卒業まで後一月なのに、私がいつまでもパートナー不在のままで平気でいられたと思っていますか? もう父にお願いして知りあいの令息にお願いしてあります」

そして、次にアリシア様は私に視線を移した。

「ありがとう、ロッテ。あなたがフリッツの浮気写真を撮ってくれたことで、気持ちが固まったわ。パートナーになってくれる令息と、お見合いすることにします」

「ええ!? お、お見合い!!」

まさかそこまで話が飛躍するとは思わなかった。

「ええ、父の話では相手の令息は私を気に入ってくださっているそうだから……きっと話がまとまるはずだわ。ロッテ、あなたのことは本当の妹のように思っているの。だから卒業しても、私達の仲はずっと変わらないわ」

アリシア様が私の手をそっと握ってきた。

「アリシア様……」

アリシア様と親戚関係になれなかったのは残念だけども、私のことを妹のように思ってくれているのなら……まぁいいか。

となると……。

「フリッツ、もう用件は伝えたから、今すぐここから出ていってくれないかしら? メラニーさんのところに行きなさいよ」

シッシッと私はフリッツを手で追い払う。

「ロッテ!! お前、どっちの味方なんだよ!」

「アリシア様の味方に決まっているでしょう! 父にも正式にアリシア様との仲が破綻したことを報告するから覚悟していなさい!」

「ひぃっ!!」

その言葉に青ざめたフリッツは逃げるように生徒会室を走り去っていった。
二人きりになると、私は早速アリシア様に尋ねた。

「アリシア様、それでお相手の男性はどんな方なのですか?」

「ええ。いいわよ。彼はね……」

アリシア様が嬉しそうにパートナーのことを語っている。
……本当はフリッツと結婚して親戚関係になりたかったけれど……まぁいいか。

だって、こんなに幸せそうなアリシア様の笑顔を見ることが出来たのだから――


<完>