「……みんな私に謝罪する。謝罪なんて、いらないのに」
「おばあさんは知らなかったかもしれないけれど、妹さんと弟さんは、綾香さんが家に居た頃から本当に『間違っている』と思っていたかもしれないよ。ただ、親に逆らうと自分の首を絞めることになるから。黙って従っていたみたいな」
「……もう良いけど。何だか、拍子抜けしました」


 おばあちゃんの家ではあまり長居せず、夕方頃に出発した。

 夜ご飯を食べて帰って欲しいと言ってくれた、おばあちゃんの気持ちも踏みにじる最低な私。

 だけど、また近いうちに遊びに来ることを約束した。

 妹と弟もそう。
 また会おう。そう言葉を交わして、最後に握手をした。

 3人とも……笑顔で、喜んでくれた……。



「しかし、本当にお墓には向かわなくて良いの? おばあさん、場所を教えてくれたけれど」
「……良いです。まだ、そこまでの決心はできていません」
「……うん、分かった」


 信号に停まったタイミングで、優しく頭を撫でてくれる先生。

 今日、先生が一緒に居てくれて良かった。
 本当に……感謝してもしきれない。




「ねぇ、綾香さん。実はね……」
「……?」


 何の前触れも無く、唐突にそう切り出した先生。

 この後に何が続くのか。
 正面を向いたままの横顔を静かに見つめていると、ゆっくりと言葉を継いだ。


「綾香さんが妹さんたちと話している間に、おばあさんからお金を受け取ったんだ」
「お、お金……?」
「……うん。ご両親の、遺産だって」
「……」


 遺産。
 その重たく響くその言葉に、私は何も言えなかった。


「だけど、遺産を清算するにはあまりにも早すぎる。恐らく、おばあさんの手出し分なのでは無いかと、僕は思うんだけどね」
「……」


 貰った金額は300万円だったとのことだ。

 突然現金を手渡されて戸惑った先生だったが、「今を逃すと渡すタイミングが二度と訪れないかもしれない」と言われ、静かに受け取ったらしい。


「……そうでしたか。先生、本当にごめんなさい。重荷になることばかり、させてしまいます」
「別に重荷だとは思わないって。ビックリはしたけど」


 その現金を先生が私の口座に入金すると言い出したから、全力で拒否をした。

 それは先生に使って欲しい。
 私の生活費も兼ねて、先生が持っていて欲しい。

 そう伝えるも、全然折れてくれなかった。


「生活費のことは気にしない。ずっと言っているでしょ。これは、君のお金だ。大切に置いておいて欲しい」
「…………本当に、ごめんなさい」
「もう、謝らないで。謝られると僕も辛いから」
「……ありがとうございます」



 やっぱり、武内先生には敵わない。
 武内先生の言動は、いつも私の考えを上回る。

 抑えきれない感情に、涙が一筋零れ落ちた。
 そして、それに気付いた先生は優しく頭を撫でてくれた……。




「…………」


 既に真っ暗になっている外を、窓越しに眺める。
 見慣れない街並みはどこか寂しげで、桜川市よりも暗いその街は、まるで時が止まっているかのようだった。



「……あっ、流れ星」
「え?」


 車の中からでも鮮明に見えた流れ星。
 少し走った先にあった小さな公園に車を停めて、2人一緒に外へ出た。

 寒さに身震いをしながら近くにあったベンチに向かい座る。
 空を見上げると、無数の流れ星が泳いでいた。


「綺麗……」
「凄い数だね。桜川市とは比べ物にならない」


 肩を寄せ合い、空を眺め続ける。

 武内先生と眺める、夜の空。
 こんなに幸せで良いのだろうか。そう思えるくらい、素敵な時間だ。