「柊木さん、ドライブに行こ。今から」
「え、今からですか!?」


 12月31日の22時24分。
 妙な時間に先生からの呼び出しを受け、部屋を飛び出す。

 冬休みに入ってからも毎日先生と顔を会わせて、美味しいご飯を頂いて過ごす日々。

 ただ、夏休みは家に居場所が無くて『サクラ学級』に避難してしたが、今はもう大丈夫。
 先生は仕事で学校に行き、私は部屋で1人気楽に過ごしていた。



 部屋を飛び出した私は、先生が待つ場所へ向かう。
 車にもたれ掛かって待っている先生に手を振ると、車のドアを開けてエスコートしてくれた。


「先生、こんな夜中にどこへ行くのですか」
「朝方まで宛のないドライブ。途中、眠たくなったらいつでも寝て良いから」


 いつになくウキウキしている先生は「出発!」と言って車を発進させた。
 夜中なのにテンションが高い様子に思わず笑みが零れる。「楽しみです」と一言声を掛けると、先生も子供みたいな無邪気な笑顔を浮かべて、私の頭をわしゃわしゃと撫でてくれた。


 店の灯りも消え、車通りも殆ど無い街を街灯だけが照らす夜。
 武内先生と、2人だけの世界。


「結局、クリスマスもミニパーティーをしようと言っていたのにできなかった。ごめんね」
「いえ……むしろ私の方こそすみませんでした。私の家族のことに巻き込んでしまったこと、本当に申し訳ないです」
「僕が勝手にやったことだ。君が悪びれる必要は無いよ」


 ゆったりとした洋楽がラジオから流れる。
 その音色に耳を傾けながら、窓の外を眺めてみた。
 やっぱり暗い街。
 静かで、暗くて、落ち着く。

 クリスマスの日、先生に渡したいと思っていた熊の置物は、まだ私の手元にある。

 タイミングを逃したまま、渡せないまま……。


「綾香さん」
「……えっ?」


 唐突な名前呼びに驚き先生の顔を見ると、正面を見つめたままニヤッと口角を上げていた。


「明日まではそう呼ばせてもらうね。綾香さんも、“先生”って呼ばないで下さい」
「な……」
「不自然でしょ、苗字呼びと先生呼びって」
「……何が不自然なのか分かりません」
「だって、今は完全にプライベートな時間じゃん?」
「……」


 何故だか、頬が熱くなる感覚がした。
 プライベート……その響きに、何故だか心拍数も上がる。
 
 しかし……“先生”を封印されたら、私はなんて呼べば良いのだろうか。
 その答えが見つからない。


「ねぇ。綾香さんは、どう呼んでくれるの?」
「……先生」
「先生はダメ~。それ以外」
「…………呼ばない」
「え?」
「……私、呼びませんっ!」
「えぇ!?」


 わざとらしく驚いたような表情をしている先生に、そっと頭をポンポンとされる。そして「それもダメだね」と小さく呟いて「僕、武内慎二と言います」と唐突に名乗り始めた。

 そんなこと既に知っている。「何を今更」と同じく小さく呟くと「だったら呼んでよ~」と、拗ねた子供のように唇を尖らせて、チラッと私の方を向いていた。


「……武内さん」
「え?」
「武内さん」
「武内さん!?」
「それ以外ありません」


 はぁ……とわざとらしく溜息をつき、今度は私の頭をわしゃわしゃと撫で回す。唇は尖らせたまま。


「まぁいいよ、それで」
「……むしろ何でそんなに不満そうなのですか」
「慎二さん、的なのは無いの?」
「ありません」


 あまりにも不貞腐れたような表情をしている先生が面白くて笑いそうになる。
 それに堪える為、再び窓の外へ視線を向けた。

 さっきまで建物の物陰に隠れて見えていなかったまん丸な月が、優しく私たちだけを照らしていた。