「……」


 私は何も言えずに突っ立っていると、藤原さんはまた言葉を継ぐ。


「柊木さんのことは聞いていたよ。ここの4階に教室があるんだよね。早川先生に教えてもらった」
「……そ、そうなんだね」


 そこからは藤原さんと少しだけ雑談をした。



 その話の中で、藤原さんは数学だけが壊滅的にダメで、今は数学補習同好会で数学の勉強をしているという話が出た。

 学年順位は2位らしく、私が1位なことも知っているようだった。

 でも、それを藤原さんは咎めない。

 藤原さんは苦笑いをしながら「数学なんて無くなれば良いのにね」なんて言うから、思わず笑いが零れた。



 テストで1位を取った時に虐めを悪化させた、中学時代の同級生たちとは違う。

 目の前にいる同級生は、私の知っている同級生像とは少し違うようだった。



「柊木さん!」
「……あ、武内先生」
「と、藤原さん。珍しい方がこんなところに」
「こんにちは、武内先生」


 突然現れた武内先生に驚いた。
 足音したっけ。そう思うくらい気が付かなかった。

 階段を上っていた武内先生は私たちの姿を見つけて2階で足を止めた。姿を消した私を探すために『サクラ学級』へ向かう途中だったらしい。


「藤原さん、何してるの?」
「行き場のない私の居場所です。ここ。1人になるとここに来るんです。そしたら、柊木さんと会ったのでお話をしていました」
「そうなんだ。良かったね、柊木さん」


 うん。と小さく頷くと、武内先生は私の頭を優しく撫でた。

 それから3人でまた雑談をしていると、藤原さんのスマホが鳴り出す。メッセージだったようで、「うわ、時間だ」と呟いてスマホをしまった。


「クラス出店の当番が回ってきたから行くね。1年2組はお化け屋敷をやってるから、良かったら覗いてみて。飛谷先生も変装してるから面白いよ。じゃあ、またね」


 武内先生もさようなら、と言って去って行った藤原さん。

 その背中を見送って小さく溜息をつくと、途端に涙が溢れ始めた。


 これはきっと、嬉し涙。

 久しぶりに同級生と会話をした。
 私、全然知らなかったけれど。同じクラスに優しく話し掛けてくれる人がいたなんて、初めて知った。

 中学校とは違うのに。
 勝手に警戒して、自ら距離を置いている日々。

 それが何だか恥ずかしくなるくらい、藤原さんは私に対しても“普通”だった。


「……柊木さん」
「先生。私……嬉しかったです」
「うん、良かったね。本当に良かった。僕も嬉しい」


 また頭を撫でられ、『サクラ学級』に戻ろうと促される。

 先生の後ろをついて行きながら、先程の藤原さんとの会話を思い出していた。