しばらく車を走らせ続け、辿り着いたのはホテルからかなり離れた場所にある山間公園だった。先生は「念のため」と言って私に先生の黒いジャケットを着させて、車から降りる。

 少しだけ山を登り続け辿り着いた先に、突然広がる夜景。学校よりも高い位置の夜景は幻想的で綺麗だったけれど「ここでは流星群は見えないかも」と小さく呟いた。
 そこからまた更に奥を目指す。ひたすら先生の後ろをついて歩いていると、突然目の前に広場とベンチが現れた。「ここなら見えるかも」とまた呟いた先生はベンチに座って、静かに空を眺め始めた。


「……」


 静かに流れる時間。


 空が大好きな私は、いつも1人で星を眺めていた。
 虫たちも休息中なのか。風の音と、先生と私の呼吸音だけが頭に響く。


 キラキラと輝く星。
 数光年、数十万光年前もの光が、私に癒しを与えてくれる。

 いつも私は1人空を見上げ、静かに星座を指でなぞっていた。寂しくは無かった。それが当たり前だったから。


 だけど、今日は武内先生と一緒。

 初めて誰かと眺める星空が嬉しくて。
 少しだけ、胸がドキドキしてしまって。

 何だか……自分の感情を表す正しい言葉が、思いつかない。


 両親に見捨てられて、ひとりぼっちなのに。

 どうして私は、そこまで寂しさを感じていないのだろう。
 自分のことなのに。自分が1番分からない。


「あっ、流れた」
「え」

 先生の嬉しそうな声に釣られて、空を凝視する。

 すると、瞬時に消えて行く一筋の輝きが視界に入った。
 あまりにも早くて、もう一度凝視する。じーっと見つめていると、また一筋ほど流れた。

「凄い……」
「綺麗だね」
「はい」

 街の灯り1つ入らない、満天の星。
 夕方まで雲が掛かっていたはずなのに、それすらも嘘だったのでは無いかと思わせるほどの空だ。


「君と歌ったあのラブソング。耳に残るメロディーが切なくて……」
「?」

 突然何かを呟き始めた先生。
 空に視線を向けたまま、何かを呟く。

 しかし……先生が呟いている言葉は、どこかで聞いたことある気がする。

 何だろう。どこで聞いたのだろう。
 思い出す為に頭をフル回転させていると、また一筋の星が流れた。

「星降る夜に、もう一度だけ君の隣で歌いたい……」
「……」
「……柊木さん。『Crazy(クレイジー) Journey(ジャーニー)』の曲だよ。前に車で流れていた、有名バンドの曲だ」
「あ、何か聞いたことがある気がしていました。それでしたか」
「『星降る夜に、あのラブソングを。』これがタイトル。今の状況にピッタリだと思って。ふいに思い出したんだ」
「ラブソングというのが微妙ですけどね」
「ふふ、そうだね」

 なんて言いながら、先生はそっと私の肩を抱き寄せた。
 突然の出来事にびっくりして体を震わせると、先生は腕の力を更に強める。


「……この前、僕と入籍してでも傍に居て欲しいって話をしたけれど。あれは嘘じゃないよ。だけど、それは教師としての責任感や使命感では無いし、苦しい思いをした君に同情をしたわけでもない。僕はただ、君に恋をした。それが全て」
「……」
「好きだよ、柊木さん。……とはいえ、教師が何言ってんだって感じだよね」
「……」

 温かい先生の体にもたれ掛かり、今聞いた言葉の意味を考える。

 児童相談所に通報もできないし、施設に入れるくらいなら傍に居て欲しい。
 以前、そう言っていた先生の言葉たちが、今の言葉と結びついてどうしようもない。

 なんて答えよう。
 そう思い見上げた満天の星で、一筋の輝きが今も静かに流れていた。


「私、恋とか分かりません。だけど、先生と居ると……何だかドキドキしてしまいます。それが何か私には分かりませんが……それでも……」
「……いや、無理して分かろうとする必要は無いよ。君にはまだ時間が必要だから」
「……」
「ごめんね、困らせるようなことを言って」


 私を抱き寄せたままの先生の手は、そっと位置を変えて頭を優しく撫でてくれる。

 こんなにも人に触れられたことがない。
 両親にすら与えられた記憶の無い、温かさと優しさ。

 それらに心は満たされ、何だか涙が込み上げてくる。
 堪えられなかったそれは形となって、そっと私の頬を伝い先生のジャケットを濡らした。