「再来週は文化祭だよ」
「……文化祭」
「ステージ発表くらいはコッソリ見ようね」


 6限目はロングホームルーム。
 1年2組は文化祭に向けた準備をしているらしい。私は……というか、『サクラ学級』は自由時間だ。


 教壇に立っている先生は、タブレットを操作して何かを見ていた。

 慣れた手つきで指を動かし、あるページが表示されると私の方に画面を向ける。


「柊木さん、今ねアパートを探しているんだ」
「?」
「君が住むためのね」
「……」
「でね、今僕が住んでるアパートに空き部屋があるんだ。それで、最短いつ入れるかを管理会社に確認してみたんだけど、どうやら3週間以内には入れるらしい」
「…………」
「君の親、アパート契約などの同意書にはサインしてくれるって言ったんでしょ? ならば必要書類を家に郵送して書いてもらうようにしたら良いと思わない? 住所は伏せてね」


 ロングホームルームの時間に、全然関係が無い話。
 最初は思考が追い付かなかった。

 先生がアパートを探してくれている。……のは有り難いけれど、費用は? 誰が……。


「誰が……家賃払うんですか。100万で……何年住めますかね」


 疑問は、声になってしまった。

 とりあえず100万円で繋いで、急いでアルバイト先を探して……放課後は働いて……。家賃だけじゃない。その他の生活費も、学費も。


 ……って。私に、できる? 私、教室にすら行けないのに。

 本当に働ける?

 
 そうなると、やっぱり施設に入った方が……良いのでは?


「……」


 自問自答を繰り返し、様々なことを考える。


 だけどやっぱり、どれだけ考えても結論は出てこない。



「……ふふっ」


 悩んでいると、ふいに聞こえてきた笑い声。
 口元に手を当てて笑っている先生は、優しい表情をしていた。


「?」
「表情がコロコロ変わって可愛い。また何か考えているでしょ」
「……」



 タブレットを置いて教壇から降りた先生は、私の方に近付いて来る。そしていつものように優しくデコピンをした先生は、衝撃的な一言を発した。


「……何も考えないこと。僕ね、決めたんだ。君を養うと」
「…………え?」
「教師としての僕じゃないよ。責任感、使命感、そんなのは一切無くて。僕は僕個人として、君を養うと決断した。……君には、僕の近くに居て欲しい。これ以上に、何か理由がいる?」
「…………」
「表向きは親の仕送りによる一人暮らしだよ。社会保険も今の健康保険証が使えるうちは使って、期限が来て扶養から外された場合は国保に入ればいい。あれは住民票の世帯主が納税義務者になるから、親がいなくても問題無いし」


 淡々と話す先生。
 社会保険が何とか、国保がどうとか……正直、そんな難しいことは何も分からない。学校の社会ではなくて、一般社会の勉強をしなきゃ……。なんて、頭の片隅で考える程に。


 しかし、先生の提案には本当に驚いた。

 どうすれば良いのか分からないと言っていた割には、決断が早かったけれど……。これも全て、私の為なのだと思う。何だか……凄く申し訳ない。


「でも、先生――……」
「柊木さんは、施設に入るのとアパートで一人暮らしをするの、どっちが良い?」
「……えっ、どっちって……」


 急な問い掛けに言葉が詰まった。

 本音は一人暮らしだ。
 お金とか現実的なことを考えると施設の方が……。


 だけど……。
 

「本音は……」
「本音は?」
「…………一人暮らしが、良いです」
「よしっ、なら決定」


 先生は軽く手を叩いて、私の頭をわしゃわしゃと撫でた。そして「今すぐ部屋を押さえよう」と言って教壇に戻り、再びタブレットを操作する。

 仮押さえはインターネットでできるらしい。
 そしてその後の手続きは不動産屋に行くとのことだ。



 先生は何でも知っている。

 私1人ではできないようなことも、簡単に淡々と済ませてくれた……。