「え?」
「はぁ!?」

 これまで沈黙を保ってきた侍女のシスが、うしろで叫んだ。ウララの動揺を吹き飛ばすほどの大声で、ウララは思わず「シス、どうしたの?」と尋ねる。

「大きな声を出してすみません。でも、そんなことを急に言われても困ります。お嬢さまは長旅でお疲れですし、心の準備だってできていませんから!」
「侍女殿には聞いていませんが」

 アイルーの口調は変わらず事務的だった。侍女殿と呼ばれたシスはカチンときたのか、頬を真っ赤にしてウララの前に出た。

「お仕立てにどれだけ時間と人の手がかかると思っていらっしゃるのですか!? 侍女は私一人しかいないのですよ。とてもではないですが間に合いません」

 アイルーはこれ見よがしにため息をつく。

「ご準備はもちろん王城の侍女たちも手伝います。王妃さまの仕立ても担当する精鋭たちを呼んでいます。で、ほかにまだ文句がありますか?」

「王妃」の二文字にシスもウララも閉口する。ドレスに加えてそんなすごい人たちも用意してもらっているのであれば、そうやすやすと断ることはできない。
 すっかり萎縮してしまったシスを横目に、アイルーは「よろしいですね」とウララに問うた。

「すてきなドレスをありがとうございます。ですが、私はその、恥ずかしながら夜会の経験がなくて。それに、人前に出るのがあまり得意ではなくてですね……」

 しどろもどろに言い訳しながら、ウララは「むりよ! 絶対むり!」と心のなかで叫んでいた。
 たしかに、いずれはエーデルの隣に立ち、催しものの類に参加する日が来るだろうとは思っていた。しかし、シスの言うとおりまだ到着したばかりで心の準備ができていないし、なによりウララは人見知りなのだ。エーデルのことすらよくわかっていないのに、いきなり夜会だなんてハードルが高すぎる。緊張で呼吸すらままならないだろう。
 逃げ腰のウララにうんざりしたのか、アイルーは隠すことなくため息をついた。

「あなたさまは王太子妃になるお方なのですよ。逃げられるとお思いですか」
「い、いえ、そんなことは」
「ちょっと! 護衛風情がお嬢さまに失礼ですよ!」
「侍女風情がなにを抜かしているのですか」

 小柄なシスと長身で迫力のあるアイルーが、ウララを挟んでにらみ合う。視界の端にはこれでもかと輝くフラワーモチーフのドレス。穏やかに過ごすことが目標のはずが、初日から前途多難な予感しかせず、ウララは目の前が暗くなった。