ウララも気になってエーデルに目を向ける。なぜか顔を真っ赤にしてアイルーを睨んでいたエーデルは、ウララの視線に気づくと咳ばらいをした。

「……とにかく、このあとのことはアイルーに任せてもいいかな。彼は僕の護衛なんだ。ちょっとだけ顔が怖くて、ちょっとだけデリカシーに欠けているんだけど、悪意はないから」
「え、ええ」

 エーデルは「ちょっとだけ」を強調してそう言った。だいぶとげとげしい物言いだが、言われた本人は意に介さず無表情で宙を見ていた。そんな二人の様子から、王子と護衛以上の仲なのだろうと容易に察することができる。

「アイルー、きみはくれぐれもウララ嬢とお連れの侍女殿に失礼のないように。って、聞いてるのか」
「聞いてますけど、殿下、ドレスのことは……」
「おまえが説明してくれ!」

 エーデルはそう叫ぶと、逃げるように応接間を出ていった。
 この少ない時間でも、エーデルは王子然とした顔つきから年頃の青年らしい表情までころころと表情を変えた。そんな彼のことを、ウララはなんだかつかみどころがなくて不思議な人だと思った。

 エーデルが退室して静かになった室内に咳払いが響く。
 振り返ると、アイルーがこちらを見ていた。

「アイルー・ローデンバーグです。王城の騎士団に所属していて、いまはエーデル殿下の護衛を拝命しております」

 アイルーは左胸に手を当てて、頭を下げた。これが騎士の挨拶なのだろうかとウララが不思議に思っていると、顔を上げたアイルーと視線がかちあった。
 野生動物のようなむき出しの警戒心を向けられ、ウララは心のうちで苦笑する。
 エーデルがいることで中和していた緊張感がふたたび室内に漂う。ウララはアイルーの態度には気づいていないふりをして、彼に問いかけた。

「殿下はお仕事に行かれたのでしょうか」
「はい。本日の夜に災厄会議の代表者が集まる夜会が開かれるので、ひと足先にいらしているみなさんと打ち合わせをされるとおっしゃっていました」

 初めて聞く話だった。
 先ほどエーデルが手紙を出したと言っていたのはこのことだったのか。ウララとシスが出発したあとに届いたのか、それとも出発前に届いていたものの父が嫌がらせで教えてくれなかったのか。

「ごめんなさい、そんな日に……」
「謝る必要はないです。その様子だと、こちらの連絡が届いていなかったのでしょうから」
「ええ」

 いずれにせよ、とんでもないタイミングで来てしまったのは間違いない。邪魔にならないように今日は部屋にこもっていようとウララは決めた。
 と、一人うなずくウララをよそに、アイルーは使用人に指示を出したり、お茶や書類を片づけたりときびきびと動いていた。