「会って早々すまないのだけれど、これから少し用事があるからここでお別れだ」

 応接間にとおされてひととおりの挨拶を済ますと、エーデルは申し訳なさそうにそう言った。壁にかかる時計をちらりと見て、そろそろ行かなければとつぶやく。
 その視線を追って、ウララも時計を見る。
 午後三時すぎ。屋敷を出たのがきのうの朝だったから、予定どおり一日半ほどで到着できたようだ。ろくに外出したことのない身体で長旅は危険なのでは、とシスが不安がっていたが、目に見えるものすべてが新鮮で、旅の疲れを感じる余裕などなかった。

 とくにウララの目に美しく映ったのは、中央区の街並み。白い石畳の舗道は陽の光を反射してまばゆくきらめいていて、街中に咲き誇る花々をこれ以上なく輝かせていた。主役である花々を美しく見せるために統一されたとしか思えない街全体の意匠に、ウララの心はときめいた。
 ウララの実家がある東区は近年急発展を続ける工業都市。とにかく人と建物が密集していて木々や花々は目立たず、お世辞にも景観がいいとは言えなかった。だから、余計ウララは新鮮な心持ちで街並みや城のなかを見まわしてしまう。
 外から見た王城も白を基調とした建物だったが、内装も白で統一されていた。いまウララたちが対面している応接間のテーブルには、瀟洒な花瓶に彩り豊かな花が生けられていて、歓迎の意を感じる。

 そんなことを考えながらぼうっと花瓶を眺めていると、ふと視線を感じた。顔を上げると、エーデルが座るソファのうしろに控えている護衛の男と目が合う。
 褐色の肌に、冷淡な印象を受ける切れ長の目。長身でいかにも護衛という感じの体格だった。彼は一瞬だけ鋭い視線でウララを見ると、すぐに視線をそらした。
 その瞳には明らかに警戒心がにじんでいて、ウララの存在をよしと思っていないのが丸わかりだった。いくら公爵家の娘とはいえ、呪い持ちの得体のしれない女を警戒しているのだろう。エーデルの態度が想定外だっただけで、むしろこれが普通のことだとウララは思う。

「あ、でも夜に会えるか」

 どことなく漂う緊張感を破ったのは、朗らかなエーデルの声だった。