「これなら二人とも濡れないさ」

 ウララが驚いて顔を上げると、エーデルと目が合う。ほとんど触れ合う距離に立っている長身の彼に驚いてウララが離れようとすると、エーデルがそっと腰を抱いた。

「濡れるよ」

 見下ろす碧眼にはやはり怒りや侮蔑の感情がにじんでいないことくらい、ウララにも簡単にわかった。それは、長年ウララが家族に、他者に望んでいた瞳であった。
 これまでウララが外に出たせいで雨がふると、きまって家族から怒鳴られていた。おまえは呪い持ちなのだから、せめて人様に迷惑をかけないように家にこもっていろと。だから、雨を迷惑がらないだけではなく、雨をふらした原因である自分も濡れないように庇ってくれたことが信じられなかった。
 せっかくならエーデルと良好な関係を築きたいと道中で意気込んでいたものの、どうせ冷たくあしらわれるだろうと諦観も抱いていた。だから、雨がふろうと目の前の王子が態度を変えなかったことに、ウララはいくばくか動揺していた。
 赤の他人の、身代わりにしようと思っている公爵令嬢になぜ。

「ウララ嬢? どうかした?」
「で、殿下のお召しものが汚れてしまいますわ」
「ちょっと濡れるだけだから問題ない。ほら、行こう」

 エーデルは、自然なそぶりでふたたびウララの腰を抱いた。
 困惑しながらもエーデルを見上げると、ふと目が合う。すると、今度はエーデルが固まった。

「あ、あの……どうかされましたでしょうか」

 ウララが控えめに問いかけると、エーデルはぶんぶんと首を振った。
 これまでのスマートなふるまいとは真逆の行動に、ウララは余計混乱する。

「すまない。その、ウララ嬢にようやく会えたことがうれしくて……」

 エーデルはそう言って咳払いをすると、ごまかすように微笑んだ。
 彼の頬はわずかに上気していて、端正な顔立ちのなかに十七歳の青年らしいあどけなさが見え隠れする。王子ともあろう人でも、初対面の人間に会うのは緊張するのだろうか。

「ようこそ、フローラ王国へ」

 ――やっぱり花のように笑う人だわ。

 エーデルが雨よけにしていたコートは、雨を吸収するどころか弾いているように見えた。中央区にはそんな便利な代物があるのだろうか。ウララは不思議に思いながらも、リードされるがままに城へ足を踏み入れた。