「知らないことを知るのはたのしいです。これからもっとたくさんのことを知ることができると思うと私……」

 ――たとえ身代わりでも、二年後に死ぬかもしれなくても、いいと思ってしまいます。

 続きの言葉は心のなかにしまって微笑んだ。
 自分の心を守るために、なにかを諦めることは簡単なこと。これ以上誰かに傷つけられないように、適当に笑うのも造作ないことだ。十六年間の人生でウララの心に深く育った諦観は、そう簡単には消えやしない。
 しかし同時に、ウララは自分の胸がわずかに痛んだことも感じていた。その痛みの正体がなにか、このときのウララにはまだわからなかった。
 これ以上言葉を紡ぐ気配のないウララを見て、男は首を傾げた。

「まあ、なんでもいいか。そんなことよりきみのパートナーが来たみたいだよ」

 あそこ、と指をさした先に目を向けると、エーデルが人を避けながら小走りでこちらにやってくるところだった。

「ウララ嬢!」

 バルコニーに出てきたエーデルは、ウララの姿を認めると大きく息をついた。髪が少し乱れ、額ににじむ汗を月が照らす。

「戻ったら姿が見えなくて心配した」
「すみません」

 エーデルはウララをじっと見つめた。

「顔色があまりよくない。やっぱり具合がよくないんじゃないか」
「いえ、大丈夫です。ちょっと夜風に当たりたくて……」

 歯切れのわるい物言いにエーデルは納得していない様子だったが、「まあまあ、いいじゃないですか」と隣の男が間に入ったことによって、彼の意識が逸れた。ニコニコとエーデルと見つめる男と、そんな男の笑顔を胡乱げに睨むエーデル。

「……ククルス。おまえ、人の婚約者にちょっかいをかけないでくれないか」
「いやだな、殿下。ちょっかいなんてかけていないですって」

 ククルス。夜会の前にエーデルを訪ねてきた人と同じ名前だ。ということは、災厄会議の代表者なのだろうか。

 ――彼もなにか呪いを持って生まれたの? でも、それにしてはずいぶん明るいわ。

 ウララが生まれ育った東区は、呪い持ちへの差別が根強く存在していた。だから、ウララからすると、人当たりのよいエーデルはもちろんのこと、笑顔をふりまく目の前の男が呪い持ちだとはにわかに信じられなかった。