『今宵はお集まりいただき感謝する。あすからは災厄会議がはじまるが、今日は堅苦しい話は抜きにして、どうかゆっくりしていってくれ』

 エーデルの口上が終わると、ひとたび会場は騒がしくなった。隅に陣取るオーケストラ隊が奏でる旋律や、ピンヒールが大理石の床を蹴る音、かしましいしゃべり声が混然一体となって会場を盛りあげる。
 事前にアイルーから聞いた話によると、今日は各区から選ばれた代表者だけではなく、その家族や国内の有力貴族など、さまざまな人が集められているらしい。昨年、先王が亡くなってから初めての王家主催のイベントだから、みなこぞって参加しているとか。

 ウララとエーデルは、会場の中央に位置する少し高さのあるスペースで、列をなす招待客と対峙していた。エーデルの隣に立ち、言われたとおり来る人来る人に微笑む役を精一杯遂行する。
 不審に思われない程度に背伸びして最後尾を確認しようとするも、人だかりは途切れなく続いていてなにもわからない。いつもこんなにたくさんの人が集まってくるのか、それとも婚約者の存在がめずらしくていつも以上に人が来ているのか、ウララにはわからない。

「王太子殿下におかれましては本日もご機嫌麗しく……おや、そちらが婚約者さまの」
「エングー公爵家のウララ嬢だ」
「来年、成人を迎えたらご結婚なさるのですか」
「まだ早いが、私はそのつもりだ。われわれ二人とも未熟者ゆえ、今後もご指導ご鞭撻願いたい」
「とんでもございません! 今後とも何卒よろしくお願い申し上げます」

 ウララはそんなやりとりをくり返すエーデルを何度かぬすみ見たが、いつ見ても同じ「王子の顔」をしていた。誰にどんなことを聞かれても、涼しげな笑顔を絶やさない。一方のウララは定型の挨拶を何度聞いても、来る人全員が同じ顔に見えた。
 絢爛豪華なシャンデリアの下は、思っていた以上に熱がこもる。適度に露出のあるドレスのはずだが、強い光をずっと浴びているからなのか、それとも緊張しているからなのか、しばらくすると背中に汗が伝う感覚があった。めまいがしそうになる思いで踏ん張っているウララの横で、もっと着こんでいるはずのエーデルは額に汗一つ浮かべていない。
 
 ――形だけとはいえこれも婚約者の務めなのよ。

 隣にエーデルがいるから、直接ウララに話しかけてくる人はいなかったのがせめてもの救いだった。家族とシス以外の人間とろくにしゃべったことのないウララが、こんな大事な場面をうまくのりきれるはずがない。せめて人の顔と名前を覚えようと必死に頭を回転させていると、いつのまにか列が途切れた。
 思わずほっと息をつくと、エーデルに顔を覗き込まれた。