青天の霹靂(へき れき)とはまさにこのことを言うのだろう。
 エングー公爵家の公女ウララ・エングーは、中央区に向かう馬車のなかで、小さくため息をついた。
 窓の外には初夏らしい穏やかな晴天が広がっていて、ここ数日の雨が嘘のように思える。

 ――雨女の私が外に出る今日にかぎって晴れ模様。なんて皮肉なの。

 心のうちで、己の運の悪さを笑う。
 東区にあるエングー公爵家から、目的地である中央区の王城までは馬車で一日半ほど。中央区が近づくにつれて山道に花がぽつりぽつりと増えてきたが、その華やかさすらいまのウララにとっては目に毒。
 窓の外から視線をもどすと、正面に座る侍女のシスと目が合った。

「……お嬢さま、どうかされましたか」

 シスはいかにも心配そうな目でこちらを見ていた。赤毛のおさげがなんとも頼りなさそうに垂れていて、ウララは心が痛む。

「ううん、なんでもないの」

 十四歳になったばかりのシスは、ウララより二歳も年下。たった一人で着いてきてくれた彼女を不安がらせてはいけない。
 そうはいっても、ウララはいま自分が置かれている状況に困惑する気持ちを押さえられなかった。
 ウララが生まれたフローラ王国は、中央区を中心として東区、西区、南区、北区の五つに分かれている。政治の中枢は王家が住まう中央区だが、それぞれの区に長と議会が存在していて、ある程度の自治が認められていた。
 ウララの実家であるエングー公爵家は、代々東区の長を務める名家。そんな由緒正しい家に生まれたウララだったが、ひとたび外に出ると雨をふらせてしまうという「呪い」のせいで、家族や東区の人々からの風当たりは強かった。だから、友だちはおろか、公爵家の娘なら幼少期からいて当然の婚約者すらいなかったのだ。
 そんなウララのもとに、第一王子エーデル・フローラから婚約を望む手紙が届いたのが、いまからちょうど二週間前のこと。
 呪われた小娘がなぜ。
 急な婚約話に、家族だけではなく東区の貴族全員が驚いた。

 ――でも、私が一番驚いているわ。だって相手はあの「花の王子」なんだもの。

 花の王子エーデル。
 フローラ王国が花や樹木などの農業大国であることと、彼の麗しい見た目から、国内外の婦女子から彼はそう呼ばれている。
 ウララはエーデルと面識がないから、いったいどれほど彼が美しいのか知らない。だから、余計になぜ自分のような呪い持ちが嫁に望まれたのかは理解不能だった。
 だが、エーデルから届いた手紙の最後に書かれていた言葉で、ウララはすべてを悟った。

『なるべく早く。できれば、一週間後にはじまる「災厄会議」までには来てほしい』

 噂によるとエーデルも呪い持ち。国内でも指折りの強い呪いを持つ自分を、いざというときの身代わりに望んでいるのだろう。
 父も「エングー公爵家の汚点であるおまえがようやく役に立つときが来た」と言っていたのだから。

「……でも、せっかくの機会なのだから楽しまないとね」
「なにかおっしゃいましたか?」
「ううん。楽しみだわって言ったの」

 ウララがそう言って微笑むと、シスも強張っていた表情をほころばせた。
 実家でろくな扱いを受けてこなかったウララに唯一、親切にしてくれたのが侍女のシスだ。緊張しいなのかおどおどしていることの多いシスだが、責任感が人一倍強く、行ったことのない中央区にまで着いていくと言ってくれた。
 余計なことを教えて心配事を増やすのはかわいそうだから、シスには王子から嫁に望まれたこと以上のことを伝えていない。彼女が心穏やかにすごせるようにがんばらねばと、ウララは一人意気込む。