ファーストフード店・ミックの二人席で、必然的に二人で向かい合い、無言でハンバーガーを食べる。さっきと違って沈黙が気まずくはない。太陽が本気でハンバーガーに集中していると分かるからだ。
かなり早いスピードで半分くらい食べ終えたところで、おもむろに太陽が口を開いた。
「朝食がミックだったの初めてだ」
もう昼食の時間だけどな。
「私も初めてだよ」
初めてに色んな意味を込めて水姫がそう言うと、太陽は神妙な面持ちでハンバーガーを置いた。
「ガチャガチャが無いならどうしようか、ハンカチの代わり」
「いいよ食べてからで」
「いや、食べる前に考えたい」
謎のこだわり。仕方ないので一緒に考える。一向に無言が続く。ハンバーガー冷めるて。
そのうち太陽はスマホを弄り始めた。何かしら調べてくれているとはいえ、ろくな会話もなしに目の前で弄られるとちょっと。
そんな水姫の視線を感じたのか、太陽はスマホから少し視線をずらし、ハンバーガーを見つめながら言った。
「俺、スマホ依存症なんだ」
やっと喋ったと思ったら何だその告白は。でもこれも冗談ではなく、やはり事実のようだ。
「今がそうってわけじゃないけど、会話に行き詰まるとすぐスマホに頼るかTmitterで独り言呟いちゃうんだよ」
「あれ、見る事じゃなかった?」
「嘘だよ。バリバリツミ廃だよ」
「ツミ……?」
「Tmitter廃人のこと」
「それは知ってるんだけど、どういうこと……?」
廃人とは程遠いリア充の代表格だと思っていたのに。太陽はもはや躊躇なくアカウント欄を見せてくる。
「俺、垢4個持ってて」
多いなぁ。
「1個目はクラスメイトに見せる用の無難なことだけ呟く垢、2個目は一人で愚痴を吐く用の鍵垢、3個目はアニメ垢、4個目はアイスクマ垢」
アイスクマというワードに水姫はぴくりと反応する。
「最後の詳しく」
「あーこれ本当引くと思うんだけど、アイスクマの考察を少しばかり」
「えっ考察してるの!?凄すぎる!!」
水姫は興奮で身を乗り出す。
「まあ何を考察することがあるんだよって感じだけどさ」
「いや考察するところしかないよ!私もよくやってる!」
「マジか、仲間いたわ」
太陽は遂に嬉しそうにはにかむ。
「あと一応二次創作もやってるんだけど」
そして自分が描いたアイスクマのイラストも見せてきた。
「えええ可愛い!!」
線がぐにゃぐにゃでお世辞にもクマには見えないが、愛とリスペクトがひしひしと伝わってくる作品だ。
「ちょっその垢フォローしてもいい?」
「いいけど、逆にしてもらっていいの?」
「勿論!アイスクマの二次創作なんか
いくらあってもいいからね!作者様も快く承諾しておられるし!」
水姫が自分のアカウントでフォローすると、太陽のフォロワーが4から5になった。少なすぎる。いいね数もどれも1桁揃いだ。勿体無いのですぐさまいいねとリツミートをしまくると、水姫のフォロワーがそれに気付いて次々といいねが増えていく。いいぞその調子だ、と水姫は机の下でガッツポーズする。
今度は水姫の方がスマホに集中し始めていた。ふと視線を感じて顔を上げると、太陽が水姫をじっと見つめていた。
「嬉しいんだけど、恥ずいかも。そんなしっかり絵見られると」
今見つめ合っているのは恥ずかしくないのだろうか。
「ごめん、どれもずっと見てたくなるくらい可愛いから。あ、そうだ!」
水姫は熱い顔を隠すようにスマホを掲げた。
「このアイスクマが増殖してるイラスト、ハンカチの代わりに貰ってもいい?ネットプリントではがきにしたら良い感じかも!」
「え、こんなんでいいの?」
「うん、これが一番お気に入り!自分を増やしている様が、日光ですぐ溶けてしまうアイスクマが内に秘めている生殖本能、生存本能を表してるみたいでゾクゾクするっていうか……!」
一人ではしゃぐ水姫を見つめたまま、太陽はぽつりと一言呟いた。
「なんか青井さん、アイスクマのことになると学校と違うというか、テンション高いね」
「あ……」
顔だけじゃなく、全身が燃えるように熱くなった。引いているわけではないと太陽の表情を見れば分かるのだが、それでも客観的に感想を述べられるのは恥ずかしかった。
「そうなんだよ、というかこっちが素で……」
「そっか」
素の方が良いとも、面白いとも、何も言わない。何かは言ってほしい。居た堪れなくなり、水姫はつい言い返した。
「大野くんも思ってたのと全然違ったよ」
全然は言い過ぎたかもしれない。だが太陽はおかしそうに笑う。
「ほんと似てるよね、俺たち」
否定はできない。でもあまりにも一緒にされると少し否定したいかもしれない。水姫はわざと拗ねたように反論する。
「私は大野くんほど偽ってないもん」
「それはそう。俺は異常だから」
太陽は笑いながら答える。
「いや、別に異常とは言ってないけど……」
「自分でもおかしく思う。なんでこんなに偽ってるんだろうって」
太陽は金髪をふわふわと触る。
「これさ、舐められないようにわざわざウィッグ被ってるんだよ」
「えっウィッグだったの!?」
好きでやっているわけじゃないことは薄々気付いていたが、実際に染めてもいなかったとは。最近のウィッグは違和感がなくて凄い。ってそこじゃないか。
「髪染めるとアトピーで荒れるからさ」
「ああ……」
「ただウィッグも蒸れるからどちらにせよ痒いけど」
「あぁぁ……」
過酷すぎる。
「本当はネックレスも首痒いから外したいんだけど、付けた方が良いらしいから仕方なく」
「いや金のネックレスはダサいから外した方がいいと思う」
つい迫真で辛辣なことを突っ込んでしまった。ずっと思っていたことだったから余計に。
「えっマジか……雑誌のモデルの格好参考にしたのに……」
太陽は本気でショックを受けたようだ。多分この人、マネキンの服装をそのままコピーするタイプだ。
「モデルは必ずしもダサくないわけじゃないからね……無責任かもしれないけど、大野くんらしさも大事にしてほしいなって私は思うよ」
「そうだね、俺も本当はアイスクマのグッズ身に付けたいし、アイスクマTシャツも着たい」
「そう!その意気!」
「でもそれじゃまたいじめられるだろうから」
「え?」
水姫は真顔でぴたりと動きを止めた。だが当の本人は依然として半笑いのままだ。どこかで聞いたことがある。人は辛いことを話す時、防衛本能で他人事のようにヘラヘラと振る舞うことがあると。
「俺、中学の頃いじめられててさ。いわゆる高校デビュ一ってやつなんだ。二度と一人に戻りたくなくて、必死に自分を偽った結果がこれ」
あまりにも過酷すぎる。外面を見ただけでチャラそうとか呑気そうとか思っていたのがつくづく申し訳ない。
「でも今もダサいことに変わりはないんだよな。金髪でチャラチャラしときゃいいんだろって安直な考えで、俺の方こそ人を舐めてる。いじめられるのも納得だよ」
そんな悲しいこと言わないでほしい。
「そんなことないよ」
「いい、『そんなことないよ』待ちみたいになるから、何も言わなくていい」
太陽は手をブンブン振る。面倒だ。それだけ繊細なのだろう。
まるで自分を見ているような、何なら自分を濃く煮詰めたレベルで、だから見ているとやっぱり面白い。馬鹿にしているわけではなく、対等な人間として。こんな人がいるなら、人と関わるのも悪くないなと思えてくる。
「一人を貫く青井さんは凄いよ。ダサい俺とは違う。やっぱり全然違うな。一緒にするのは間違ってた」
「そんなことないよ」
「だからそれいいって」
「だって本当にそんなことないから」
水姫は一呼吸置いて、真険な顔で太陽を見つめた。
「一人が楽だから、楽な方に行ってるだけ。本当は人と話したいのに、勝手に人の悪いところ探して、勝手に被害妄想して拒絶してるだけ。私からすると私の方がダサいし、大野くんの方が凄いよ。大野くんがこうして打ち明けてくれたおかげで、私、初めて人と話すことが楽しいって思えたんだよ」
その何よりの証拠に、太陽が打ち明けてくれたみたいに、水姫も驚くほどすらすら本音を言うことができた。
「大野くんは今、楽しい?」
「……うん、俺も楽しい。今日遊べて良かった」
太陽は純粋な感想を述べ、純粋な笑顔を浮かべた。
「それなら良かった」
水姫もようやく安心して微笑んだ。といってもまだミックしか来ていないのだけど。大事なことを話せたから良しとするか。
「じゃあそろそろ食べよっか」
「そうだね」
水姫が手を叩くのを合図に食事を再開する。
ハンバーガーはとっくに冷めていたが、それはそれで悪くなかった。
かなり早いスピードで半分くらい食べ終えたところで、おもむろに太陽が口を開いた。
「朝食がミックだったの初めてだ」
もう昼食の時間だけどな。
「私も初めてだよ」
初めてに色んな意味を込めて水姫がそう言うと、太陽は神妙な面持ちでハンバーガーを置いた。
「ガチャガチャが無いならどうしようか、ハンカチの代わり」
「いいよ食べてからで」
「いや、食べる前に考えたい」
謎のこだわり。仕方ないので一緒に考える。一向に無言が続く。ハンバーガー冷めるて。
そのうち太陽はスマホを弄り始めた。何かしら調べてくれているとはいえ、ろくな会話もなしに目の前で弄られるとちょっと。
そんな水姫の視線を感じたのか、太陽はスマホから少し視線をずらし、ハンバーガーを見つめながら言った。
「俺、スマホ依存症なんだ」
やっと喋ったと思ったら何だその告白は。でもこれも冗談ではなく、やはり事実のようだ。
「今がそうってわけじゃないけど、会話に行き詰まるとすぐスマホに頼るかTmitterで独り言呟いちゃうんだよ」
「あれ、見る事じゃなかった?」
「嘘だよ。バリバリツミ廃だよ」
「ツミ……?」
「Tmitter廃人のこと」
「それは知ってるんだけど、どういうこと……?」
廃人とは程遠いリア充の代表格だと思っていたのに。太陽はもはや躊躇なくアカウント欄を見せてくる。
「俺、垢4個持ってて」
多いなぁ。
「1個目はクラスメイトに見せる用の無難なことだけ呟く垢、2個目は一人で愚痴を吐く用の鍵垢、3個目はアニメ垢、4個目はアイスクマ垢」
アイスクマというワードに水姫はぴくりと反応する。
「最後の詳しく」
「あーこれ本当引くと思うんだけど、アイスクマの考察を少しばかり」
「えっ考察してるの!?凄すぎる!!」
水姫は興奮で身を乗り出す。
「まあ何を考察することがあるんだよって感じだけどさ」
「いや考察するところしかないよ!私もよくやってる!」
「マジか、仲間いたわ」
太陽は遂に嬉しそうにはにかむ。
「あと一応二次創作もやってるんだけど」
そして自分が描いたアイスクマのイラストも見せてきた。
「えええ可愛い!!」
線がぐにゃぐにゃでお世辞にもクマには見えないが、愛とリスペクトがひしひしと伝わってくる作品だ。
「ちょっその垢フォローしてもいい?」
「いいけど、逆にしてもらっていいの?」
「勿論!アイスクマの二次創作なんか
いくらあってもいいからね!作者様も快く承諾しておられるし!」
水姫が自分のアカウントでフォローすると、太陽のフォロワーが4から5になった。少なすぎる。いいね数もどれも1桁揃いだ。勿体無いのですぐさまいいねとリツミートをしまくると、水姫のフォロワーがそれに気付いて次々といいねが増えていく。いいぞその調子だ、と水姫は机の下でガッツポーズする。
今度は水姫の方がスマホに集中し始めていた。ふと視線を感じて顔を上げると、太陽が水姫をじっと見つめていた。
「嬉しいんだけど、恥ずいかも。そんなしっかり絵見られると」
今見つめ合っているのは恥ずかしくないのだろうか。
「ごめん、どれもずっと見てたくなるくらい可愛いから。あ、そうだ!」
水姫は熱い顔を隠すようにスマホを掲げた。
「このアイスクマが増殖してるイラスト、ハンカチの代わりに貰ってもいい?ネットプリントではがきにしたら良い感じかも!」
「え、こんなんでいいの?」
「うん、これが一番お気に入り!自分を増やしている様が、日光ですぐ溶けてしまうアイスクマが内に秘めている生殖本能、生存本能を表してるみたいでゾクゾクするっていうか……!」
一人ではしゃぐ水姫を見つめたまま、太陽はぽつりと一言呟いた。
「なんか青井さん、アイスクマのことになると学校と違うというか、テンション高いね」
「あ……」
顔だけじゃなく、全身が燃えるように熱くなった。引いているわけではないと太陽の表情を見れば分かるのだが、それでも客観的に感想を述べられるのは恥ずかしかった。
「そうなんだよ、というかこっちが素で……」
「そっか」
素の方が良いとも、面白いとも、何も言わない。何かは言ってほしい。居た堪れなくなり、水姫はつい言い返した。
「大野くんも思ってたのと全然違ったよ」
全然は言い過ぎたかもしれない。だが太陽はおかしそうに笑う。
「ほんと似てるよね、俺たち」
否定はできない。でもあまりにも一緒にされると少し否定したいかもしれない。水姫はわざと拗ねたように反論する。
「私は大野くんほど偽ってないもん」
「それはそう。俺は異常だから」
太陽は笑いながら答える。
「いや、別に異常とは言ってないけど……」
「自分でもおかしく思う。なんでこんなに偽ってるんだろうって」
太陽は金髪をふわふわと触る。
「これさ、舐められないようにわざわざウィッグ被ってるんだよ」
「えっウィッグだったの!?」
好きでやっているわけじゃないことは薄々気付いていたが、実際に染めてもいなかったとは。最近のウィッグは違和感がなくて凄い。ってそこじゃないか。
「髪染めるとアトピーで荒れるからさ」
「ああ……」
「ただウィッグも蒸れるからどちらにせよ痒いけど」
「あぁぁ……」
過酷すぎる。
「本当はネックレスも首痒いから外したいんだけど、付けた方が良いらしいから仕方なく」
「いや金のネックレスはダサいから外した方がいいと思う」
つい迫真で辛辣なことを突っ込んでしまった。ずっと思っていたことだったから余計に。
「えっマジか……雑誌のモデルの格好参考にしたのに……」
太陽は本気でショックを受けたようだ。多分この人、マネキンの服装をそのままコピーするタイプだ。
「モデルは必ずしもダサくないわけじゃないからね……無責任かもしれないけど、大野くんらしさも大事にしてほしいなって私は思うよ」
「そうだね、俺も本当はアイスクマのグッズ身に付けたいし、アイスクマTシャツも着たい」
「そう!その意気!」
「でもそれじゃまたいじめられるだろうから」
「え?」
水姫は真顔でぴたりと動きを止めた。だが当の本人は依然として半笑いのままだ。どこかで聞いたことがある。人は辛いことを話す時、防衛本能で他人事のようにヘラヘラと振る舞うことがあると。
「俺、中学の頃いじめられててさ。いわゆる高校デビュ一ってやつなんだ。二度と一人に戻りたくなくて、必死に自分を偽った結果がこれ」
あまりにも過酷すぎる。外面を見ただけでチャラそうとか呑気そうとか思っていたのがつくづく申し訳ない。
「でも今もダサいことに変わりはないんだよな。金髪でチャラチャラしときゃいいんだろって安直な考えで、俺の方こそ人を舐めてる。いじめられるのも納得だよ」
そんな悲しいこと言わないでほしい。
「そんなことないよ」
「いい、『そんなことないよ』待ちみたいになるから、何も言わなくていい」
太陽は手をブンブン振る。面倒だ。それだけ繊細なのだろう。
まるで自分を見ているような、何なら自分を濃く煮詰めたレベルで、だから見ているとやっぱり面白い。馬鹿にしているわけではなく、対等な人間として。こんな人がいるなら、人と関わるのも悪くないなと思えてくる。
「一人を貫く青井さんは凄いよ。ダサい俺とは違う。やっぱり全然違うな。一緒にするのは間違ってた」
「そんなことないよ」
「だからそれいいって」
「だって本当にそんなことないから」
水姫は一呼吸置いて、真険な顔で太陽を見つめた。
「一人が楽だから、楽な方に行ってるだけ。本当は人と話したいのに、勝手に人の悪いところ探して、勝手に被害妄想して拒絶してるだけ。私からすると私の方がダサいし、大野くんの方が凄いよ。大野くんがこうして打ち明けてくれたおかげで、私、初めて人と話すことが楽しいって思えたんだよ」
その何よりの証拠に、太陽が打ち明けてくれたみたいに、水姫も驚くほどすらすら本音を言うことができた。
「大野くんは今、楽しい?」
「……うん、俺も楽しい。今日遊べて良かった」
太陽は純粋な感想を述べ、純粋な笑顔を浮かべた。
「それなら良かった」
水姫もようやく安心して微笑んだ。といってもまだミックしか来ていないのだけど。大事なことを話せたから良しとするか。
「じゃあそろそろ食べよっか」
「そうだね」
水姫が手を叩くのを合図に食事を再開する。
ハンバーガーはとっくに冷めていたが、それはそれで悪くなかった。