太陽のアイコンは、いかにも無難なものを選んだといった感じの青空の写真だった。その代わり最初に送られてきた『よろしく』のスタンプはちゃんとアイスクマだった。水姫も同じものを返しておいた。
 やり取りはそれきりで、それからの学校生活ではまた、LIMEを交換したことなど嘘かのような赤の他人の距離となっていた。

「なぁなぁ太陽って好きな奴いんの?」

「いねぇよ」

「2組の苺ちゃんは?めっちゃ可愛くね?」

「絶対彼氏いるだろ」

「いても関係ねぇよ!」

「お前ヤバいな」

「ヤバいのはお前だろ!いい加減彼女作れって!」

「ちょっのしかかんなって!」

 教室の中心で繰り広げられる太陽たちのグループのやり取り。今までは気にも留めなかったのに、水姫は本を読みながらつい聞き耳を立ててしまう。
 予想していた通りくだらない。太陽はこれをやりたくてやっているわけじゃないらしい。鬼ごっこへの参加についても、ノリが悪いと思われたくないから、ハブられたくないからと言っていたし。そこまで無理して付き合うべきなのだろうか。これなら一人の方がずっと気楽だ。水姫は勝手なことを思う。いっそ太陽も、自分みたいに一人になればいいのに──

「てかさ、今週の日曜カラオケ行かね!?」

 男子の声にドキリとして、ページを捲る手が止まる。その日はガチャガチャの約束があるのだが。

「苺ちゃんも誘ってみようぜ!」

「それ合コンだろw」

「え〜そしたら私も行きた〜い!」

「ちょっ太陽くんは私のだし〜!」

 皆が騒ぐ中、太陽は何も言わない。まさかカラオケを優先するのでは。しそうな気がする、空気を読んで。それか単純に可愛い女子目当てで。
 怖くて顔が見れない。それでも横目でちらりと確認すると──太陽は一人、水姫をじっと見ていた。なぜ。
 それはそれで怖くて、水姫は瞬時に本に視線を戻す。中身は全く頭に入ってこない。直後、太陽が喋った。

「ごめん、俺用事ある」

「んだよつまんねーな!」

「えー太陽くん行かないなら私も行かなーい」

「チッ何てことしてくれてんだよお前!」

「いってぇ!お前こそ何すんだよ!」

 友達もどきに叩かれ、大袈裟に怒ってみせる太陽を、周りが面白がって笑う。
 何も面白くないし、水姫は複雑な気持ちだった。どう考えてもカラオケの方が行きたかったに決まっている。自分が邪魔しなければ、苺ちゃんと結ばれる千載一遇のチャンスだったかもしれないのに。
 今からでも断ろうかとLIMEを開いた時、ちょうど太陽からメッセージが来た。

『その小説、面白いよね』

 予想外すぎて一瞬何のことか分からなかった。どうやらさっき見ていたのは水姫ではなく、小説の表紙だったらしい。紛らわしいな。
 でもおかげで、これ以上余計なことは考えずに済みそうだった。
 一瞬で送ったのだろう、太陽はもうスマホをポケットに仕舞って、皆でサッカーの話を始めている。

「あぁ、こないだの凄かったよな!何とかの1ミリ!」

 何とかって何だよ。本当はサッカーなんて興味ないくせに。本当に好きなことを話せばいいのに。水姫は吹き出しそうになりながら、『面白いよ』と返信した。
 ちなみに小説の内容は、異世界転生したヤギが魔法で手紙を復元するという、これまたマニアックなものだった。