軽音部の部室は校舎から少し外れた場所にあるプレハブ小屋だ。
ハードケースに入れた相棒のエレキギターを持って部室の扉を開けると、既に3年生の先輩が練習に取り組んでいた。
「莉奈先輩、大哉先輩。お疲れ様です」
「お疲れ! 柊斗くん!」
「待ってたぜ」
ドラムの星野莉奈先輩と、キーボード兼ボーカルの鈴木大哉先輩。
莉奈先輩が軽く8ビートを刻みながら、大哉先輩は最近流行っているJ-POPの主旋律を弾いていた。
ギターアンプの隣に重たいハードケースを置き、中から真っ白なエレキギターを取り出す。俺の相棒は、レスポールタイプだ。緩やかに湾曲しており、全体的に丸みを帯びているボディが特徴的でカッコイイ。
今はもう解散してしまったけれど、大好きだったバンドのギタリストがレスポールを相棒にしていた。その人の濃い青のギターがカッコよくて、猛烈に憧れて。初めて買ったエレキギターは、その人と同じ濃い青のレスポールだった。
「柊斗のギターは今日も輝いてんな」
「分かりますか? 毎日家に帰って1時間くらい磨いています」
「流石、柊斗くん! 愛が強い!」
「ギタリストなら当然のことです」
真っ白なエレキギターをアンプに繋いで、ジャーンと1回ストロークをする。3弦と6弦の音が少しズレている。そう感じて、即チューニング。
高校に入った頃はチューナーが無いと音を合わせることが出来なかったのだが、毎日軽音部で練習を繰り返していると、チューナーを使わなくても音が合うようになった。これは唯一、今の俺が誇れる特技かも。
「どうする? 何かやる?」
「ドラムとギターとキーボードじゃ曲にならんだろ」
「いや~ドラム叩きたい~!!」
「さっきから好きに叩いているだろ!」
仲の良い莉奈先輩と大哉先輩の会話。
莉奈先輩は「え~そうだっけ?」なんて言いながら、左のスネアドラムから右に向かって順番に叩いて、そのまま16ビートを刻み始めた。
バスドラムのドンッという音と振動が床を伝って俺の体にやってくる。
ギターが1番好きだけど、実はドラムも好き。この全身に響く大きな音と振動が心地良い。というか、俺……莉奈先輩が叩くドラムの音が好き。力強いその音が、俺の心に強く響く。
相棒のギターを抱きかかえたまま、力強いドラムの音に聞き入る。本当に大好きで、思わず全身鳥肌まで立つんだ。
「やっぱ良いな、莉奈先輩のドラム」
莉奈先輩のリズムに合わせて体が自然と動き始めた時、ゆっくりと部室の扉が開いた。そこに現れたのは、神崎ともう1人の1年生、海藤明梨。2人はそれぞれソフトケースを持って部室に入る。
「先輩方、お疲れ様です」
「お疲れ! 2人とも!」
2人も定位置に向かい楽器を取り出した。
神崎はベース、明梨ちゃんは俺と同じエレキギターだ。
ショートカットで眼鏡をかけている明梨ちゃんの第一印象は『大人しそうな子』だった。この子が軽音部なんて……と最初こそ思ってしまったが、とんでもない。
彼女の相棒はフライングVタイプ。ボディの部分がVのような形をした所謂、変形ギターだった。ピンクと白の色合いが可愛いそのギターを激しく掻き鳴らす。第一印象から掛け離れた彼女の姿に、最初はかなり驚いたものだ。
神崎のベースは弦が5本ある黒と茶色のジャズベース。
俺自身、5弦ベースは見たことが無かった。卒業して行った1個上の先輩がベースをしていたのだが、その人はごく一般的な4弦ベースだった。だから最初「それ、何の楽器?」なんて惚けたことを聞いたものだ。