澪凛(みおり)ー、眞紘(まひろ)ー。起きてー」
「着いたぞ2人とも」
 身体を揺さぶられて目が覚める。目の前には同じクラスの友人、秋月(あきづき)ほの香と、その彼氏で眞紘と同じクラスの友人、浅野圭汰(あさのけいた)がいた。

 水無瀬(みなせ)家の最寄りのバス停から高校前まで約15分。混雑のない車内で、その15分は2人の二度寝時間だ。
高校前は終点で、寝過ごす心配もない。運が良ければこうして友人が起こしてくれることもある。

「ありがと……あれ、2人とも朝練ないの?」

 バスを降りて校門へ向かう。澪凛は校門に立つ生徒指導の教員と風紀委員会の面々の姿を捉えると、スカートのポケットからリボンを取り出して付けた。

「野球部もチア部も、今日は顧問が出張なんだよね」
 ほの香はそう言うと楽しそうに笑った。
「そんな訳で、うちらは放課後デート行くんだ~」

「だから今日はいつもより髪凝ってるんだ」
 今日のほの香の髪型は高い位置で結んだポニーテールを一番のお気に入りのリボンで結われていて、普段よりもカールの巻きが強くかかっていた。

 昇降口で眞紘たちと別れ、ほの香と教室に入ると2人の共通の友人である笹野(ささの)優梨奈(ゆりな)が慌ただしく駆け寄ってきた。
「これ!やばいんだけど……」

 優梨奈がスマートフォンの画面を見せる。スマートフォンを受け取ったほの香が「やば……」と声を漏らしたのを聞いて、席に着きながら画面をのぞき込む。

『人気アイドル蓮夜(れんや)、共演俳優と夜の街で豪遊wwww』の文字と共に大量の画像が投稿されたSNSの一投稿。

「蓮夜くんと推しの(すい)くんはあんまり関わりないけどさ、同じ事務所内で出るとか明日は我が身すぎるよ~ほら、この前も翠くんと同じ研修生の子も——」

 優梨奈の話に相づちを打ちながら、澪凛は眞紘のサンドイッチを頬張った。

——それにしても派手な……

 蓮夜の両脇には胸元が大きく開いたドレスを着た女性がワイングラスを持って座り、腕を絡めている。酔っているのか顔を至近距離に近づけていたり、髪を触っている写真まであった。
 その投稿は、蓮夜と周りにいた女性のうちの1人と密着したままホテルに入っていく写真で締めくくられていた。
 しかもその投稿者は、当時蓮夜と付き合っていた元彼女だというのだから、地獄度が加速している。

「ははっ。所詮アイドルなんてこんなもんだろ」
 机に置かれていた優梨奈のスマートフォンを取り上げながら、三条涼星(さんじょうりょうせい)が言った。

「ちょっと涼星!なに勝手に……」
「笹野もいい加減現実見ろよ。推しの……なんだっけ、翠くん?だって、さぞ遊んでるんだろうな?」
「うっさい!」

 優梨奈にスマートフォンを取り返された三条は窓枠に腰掛け、ニヤニヤと笑う。太陽の光が当たって、金色のピアスがキラリと光った。

「さっさと諦めて俺と遊ぼーよ、優梨奈ちゃん。俺、その翠くんと顔似てんでしょ?」
「ちゃん付けで呼ぶな。別に翠くんの顔だけが好きなわけじゃないし。めっちゃファンサくれるし歌声も綺麗だしパフォーマンスは手抜かない所とか、ファン思いな所とか……」
「でも演技は下手じゃん?」
「そういう所も含めて好きなの!あんたじゃ足元にも及ばないわ」

 優梨奈はツインテールを振り乱してそっぽを向いた。

「やっぱつれないなー。あ、やべ、そういえば俺日直じゃん。またねー優梨奈ちゃん」
 アイドルさながらのウィンクを飛ばして涼星は教室を出ていった。涼星もまた眞紘と同じクラスの友人だ。


 昼休み。
 ほの香と優梨奈と共に3人で昼食をとっていると、眞紘がやって来た。
「数学の教科書貸してー」
「はい。どっかやったの?」
 教科書を渡しながら聞くと、眞紘は苦い顔をして、前の空席に座った。
「まあそんな感じ」
——え?なんで教室戻んないの?

 澪凛は購買で買った惣菜パンを口にしながら、スマートフォンに指を滑らす眞紘を見ていた。

「ほの香ー」
「なぁに圭汰」
 いつの間にか教室に入ってきていた圭汰は、弁当を食べるほの香の後ろから手を差し込み、頭をほの香の肩につけた。圭汰は野球部のミーティングがない昼休みには、毎度ほの香に会いにくるほど彼女を溺愛している。
——野球部エースの実態は甘えん坊な犬……なんてね

「今日どこ行く?前言ってたカフェ?」
 クラス中の視線が集まっていることに気づいているのかいないのか、2人はそのまま話を続ける。
「そこも行きたいけど、まずはお墓に……」
「そっか、じゃあ花屋に寄らないとだな」

 『マンション放火27人殺害事件 主犯2人の死刑執行』。今朝テレビでも速報のテロップが流れていた。昼になった今ではSNSでも議論が展開されていて、トレンド1位から動きそうもない。

 ほの香の両親はこの事件で犠牲になった。ほの香が生まれて一週間も経っていない時のことで、ほの香は今、近くに住んでいた親戚の家に引き取られて生活している。

「そうだ澪凛、にんじんってまだ余ってたっけか」
「ん?あ、えっとにんじん?」
「そう。朝見た時ジャガイモと白滝があったから今日は肉じゃがにしようかと思ったんだけど、にんじん余らせてたか覚えてないんだよな」

——どういう話題の転換?そもそもキッチン周りは眞紘の方が詳しいでしょ

「んーと……昨日1本だけ見た気がする」
「おっけ。じゃあ帰り買って帰るわ……どこにしよっかな」

 眞紘はスマートフォンを操作し始める。スーパーのチラシを纏めたアプリを見ているらしい。こういうのも水無瀬家の料理全般を担っている眞紘の役割だ。
澪凛は飲み終わったジュースのパックを畳み、未だ前の席から動きそうもない眞紘を視界の隅に置いてスマートフォンを操作した。

「なぁなぁ水無瀬ぇー!」
「何?」「ん?」

 スマートフォンから顔をあげて声のした方を見ると、クラスの派手な男子集団がニヤニヤとこちらを見ていた。

「あ、男の方男の方!」
「なに?」
「この女子の中だったらどれがタイプ?」

 集団はゾロゾロとこちらへやって来た。集団の1人が、スマートフォンの画面を眞紘に向ける。
「こいつが彼女欲しいって言ってっから俺の友達紹介しようかと思ってさ、でもこの3人から選べっつてんのに優柔不断でさぁ。水無瀬はどれがタイプ?」
「あー……じゃあこれとか」
 眞紘が1人を指さすと、集団の男たちから一斉に歓声があがる。

「あーこの子ねぇ……」
「えぐガード固い子じゃん」
「マジ?」
「束縛えぐいから全然遊べないべ」
「あーそれはキツイ」

 集団はそんなことを話しながら元いた場所に戻るが、声の大きさは段々と大きくなっていく。
「ほの香、外行こう」
 圭汰がほの香の腕を軽く引いた。
「えー?なんでー?」
「ほの香に汚らわしい会話聞かせられない」
「もぉー何言ってんの?」

 そう言いながらも、ほの香は満更でもない顔をして圭汰について教室の外に出て行った。

 
 ガタンッ!と大きな音を立てて優梨奈が立ち上がる。
「待って、翠くんがゲリラインライするって!ちょっと行ってくる!」
 優梨奈は食べていたサラダパスタとワイヤレスイヤホンを纏めて持って教室を飛び出していった。校舎内でWi-Fiの速度が一番早いPCルームへ行くのだろう。

「……じゃ、俺も教室戻るわ」
「あ、うん。じゃあ後で」

——いつもなら教科書借りに来てもすぐいなくなるのに……なに?