刺繍を一針ずつ縫い、次の方へと渡していく。その間、他愛もない話をする。

「まぁ!ワイアット公爵令嬢様がされた、バラの模様の部分が特にお上手ですわ」

「さすがシエラ様ですわー!」

「そんなことありませんわ」

 第一候補と名高いワイアット公爵令嬢が謙遜気味に褒め言葉を受け流す。

 シエラ様を皆がチヤホヤともてはやす。

 そんな中で私は、目立たず、ソウデスワネー。ステキデスワネーと棒読みで会話に参加し、完全モブを演じ続ける。

 その成果で、誰も私には注目しない。自分の作戦はうまくいってるわとほくそ笑む。

「陛下は後宮にいらっしゃらないのかしら?」

 シエラ様がそう言うと、伯爵令嬢のミリーが自分の得た情報を話し出す。父親が王宮で働いているらしい。

「お忙しくて、なかなか公務から離れられないとか。真面目な方らしく、騎士団の訓練にも参加してらっしゃるみたいですわ」

 聞けば聞くほど、完璧な陛下に私は羨ましさすら感じる。自分の能力を理解し、それを発揮する場がある。

 刺繍の針を通して私はいったい何をしたいのか?と思ってると、優しい微笑みでシエラ様が言った。

「ここで刺繍したものは陛下に差し上げる予定ですわ。エイルシア王家の紋様である獅子の周りに薔薇の花があしらわれたデザインに皆様、お気づきになられて?」 

 ざわめく女性達。それはいい案ですわ。さすがシエラ様!と称賛されている。私も混ざって、良い案ですねーと適当に言っておく。

 私の刺した刺繍なんて見えるか見えないかだった。何故なら、めんどくさすぎて、刺したようにみせかけて、隣の人にポイッと渡していたからだ。

 部屋に帰ると、私は肩が凝ったわーとソファに寝そべる。

「サボっていましたでしょう!?お嬢様、疲れてないでしょう!?一針縫いました?縫ってないでしょう!?アナベルは見ておりましたよ!?」

「あんだけ人数いるんだし、刺繍をしてもしなくてもわからないわよ。お茶を淹れて〜」

「やる気さえだせば、シエラ様やミリー様くらいの位置へお嬢様の能力を持っていればいけるのではないですか!?」

「無理無理。毎日、この果物やお茶菓子用意してくれるなんて、王宮ってすごいわー。気前いいー」

 私は高級なお茶と共に甘酸っぱい果物の実を口にしたり、サクサクとしたクッキーを食べた。

 しばらくして、私は裁縫道具を出した。アナベルは目を輝かせる。

「まあ!お嬢様、やる気になりましたか!刺繍の練習ですね」

「……練習になるかなぁ?」

 私は静かにチクチク縫い、完成に近づくとアナベルは半眼になった。

「こ、これは!まさか!?」

「完成したわ。お昼寝用クッションよ!」

「なんでそんなもの作ってるんですかーーっ!?」

「ちょっと置いてあるクッションは平べったすぎるのよ。ワタをもう少し入れたかったのよね」

 バフンとクッションに頭をつけて、寝転んでみた。良い!快適!完璧なワタの配分。

 アナベルが額を抑えているのは見てみないふりをした。

 適当に相槌打って、適当に皆に紛れて、ゆっくり過ごす……。まあまあ、いいかもと思い始めてきた私だった。獅子王と呼ばれる素晴らしい王様はずーーっと忙しくしていればいいわとニヤリとしたのだった。