夜中だった。コンコンと窓ガラスがなる。まだ起きていた私は窓辺へ行く。

 窓の外には手を振ってるにこやかなウィルが夜の闇に紛れていた。なにしてんのよ?私は呆れていた。

「見つかったら……首飛ぶわよ?もちろん庇わないわよ?」

「ええっ。冷たいなぁ。まぁ、姿隠しの魔法を纏ってきたから大丈夫だよ」

 ヒョイと部屋へ入ってきた。そっと音を立てないように窓を閉めた。

「フフッ。恋人の逢瀬みたいだね」

「むしろドロボーさんよ」

「陛下から花嫁を奪うドロボー。良いねー!」

 私の嫌味を呑気に明るく返す。頭悪くないはずなのに、時々ウィルはアホな子になる。

「で、なんの用なの?危険を冒してまで来てるわけだし、なにか理由あるのよね?」

 淡々と尋ねる私に、ウィルはえー?といつも通りの調子で言う。

「用なんてないよ?図書室で会えなかったから、喋りたかっただけだよ」

「よく、命かけて喋りに来れるわね?やめなさいよね。こういうことするウィルだったかしら?危ないわ」

 そう私に言われるとちょっと寂しげに笑うウィル。

「これから一週間ほど、陛下と一緒に騎士団から選ばれた人達は北の蛮族の内乱を静めに行く。で、僕も選ばれたから、行かなきゃ駄目なんだ。しばらく留守にするよ」
 
「入ったばかりなのにすごいじゃない!そっかー……順調にウィルは出世街道まっしぐらなのね」

 そんなことないよ。今は行きたくないし、王宮にいたいんだけどなーと謙遜するウィル。

「リアンはまだ王宮魔道士や官吏になりたいの?」

「そうねぇ。できればと思うけど、怠惰への道を極めるのも悪くないわ」

 そっか……とウィルはニコッ笑ってから真顔になる。

「外出禁止令もそろそろ解かれるだろうけど……リアン、自分の身を最優先にだよ?優しいところがあるから心配なんだ」

「大丈夫よ。引きこもり令嬢だから騒ぎに巻き込まれることも目をつけられることないわ」
  
 そう言う私だが、ふとシエラ様のことが頭に浮かんだ。シエラ様には目をつけられたかもしれない。目立ってしまい、あれは失敗だった。

「とにかく、気をつけて!」

 いつもより強い口調で言われ、思わず素直にハイとうなずいてしまった。しかしなんだか可笑しくなってきてフフフッと笑いが私の口から漏れる。

「フフフッ。ウィルのほうか危険な場所へ行くのに、おかしいわね」

「うーん、リアンがいってらっしゃいって頬にキスしてくれたら、誰にも負けない気がするなー」

 私はベシッとウィルの背中を叩いた。頬が赤くなってしまう。まったく、いつからこんな口説くような言葉を言えるウィルになったのか!?きっと騎士団に入った影響ね。

「ウィル!後宮の女性に手を出したらどうなるのかわかってるのに、そんな冗談言うの、やめなさいよ!」

「アハハハ!ごめんごめん。じゃあ、また一週間ほど後に会おう」

 ウィルは楽しげに笑った。スッと窓から音も立てずに夜の闇へと消えた。ウィルは私と同等ほどの魔力を持っている。そんな簡単にやられはしないだろう。大丈夫だと自分に言い聞かせて笑顔で見送る。

 後宮にいるだけで、自由はなく、何もできない自分。この生活は幸せと不幸せ、どちらなのかしら?

 ……いけない!怠惰に過ごすって決めたのに、こんな考え方はダメねと首を振った。