「誰かーー!来てください!」

 廊下に響く声に私は跳ね起きた。バサッと顔の横に積み上げて置いてあった本が落ちてきたが、かき分ける。

「お嬢様!?」

 アナベルの声を無視して、私は走っていた。泣き顔のメイドが広いホールで泣き崩れていた。

「どうしたの!?」

「シエラお嬢様が!お倒れになったのです」

 バッと私は身を翻し、駆けていく。ドアを開けると床に倒れ、蒼白なシエラ様。カップがひっくり返り、こぼれているお茶……これは。

「毒?」

 私は素早く彼女の体に手を当てて、解毒の術を施していく。簡単な毒で致死性は無いものだ。顔色が戻ってきた。

 私は抱きかかえたまま意識を確認する。こんな時は無理に動かさないほうがいい。

「大丈夫ですか?シエラ様?」

「……ううっ………」

 うん。大丈夫そう。私がほっとした時に王宮医師がやってきた。来るのが、遅い。老齢のようだから仕方ないだろうけど……。王宮魔道士くらい近くに配置しといてもいいんじゃないの?と、なんとなく後宮の存在が雑に扱われてる気がした。

 このことからも陛下は後宮を望んでいないことがわかる。私は好都合だけど、本気の彼女たちにとってどうだろう?

「これは!?魔法を使えるのかの?この一瞬で、完璧に解毒をしてあるとは……何者なんじゃ!?」

 王宮医師のお爺さんは驚いている。確かに、治癒の魔法は難しい。触れて解析し、その状態に合う術の構成を作らなければならない。

「私のことはお気になさらず。名も無い通りすがりの者です!」

 後々、めんどくさいことになりたくないから、サラリと通りすがりの者です宣言してみた。お爺さんは困惑し、えっ?と呟いた。
 
 毒は簡単なものだから、すぐ解毒できたけど……毒を用いるなんて悪質だ。私はそう思いつつ、自室へさっさと帰った。思わず来てしまったが、怠惰な自分に戻ろう。

 それから後宮は大騒ぎになった。とりあえず部屋から出ることは禁止され、全員が自室にいるようにと言い渡された。

 私は名も無い通りすがりの者というわけにはいかず、しつこく聞かれることになった。相手は騎士の証である鷲の紋章のある制服を着ている。

「一番に駆けつけて毒の成分を見抜くなんて何者なんだ!?」

「私はリアン=クラーク男爵令嬢よ。ちょっと調べれば街のみんなの期待を背負った天才とわかるはずよ!ゆくゆくは王宮魔道士や官吏になっていたはすのリアンだとね!」 

「なんでそんな自己紹介なんだ?おかしいだろ?」

 取り調べをする騎士にそんなことを言われてしまう。おかしいとか……失礼な人ね。

「私を犯人扱いするから身元を明らかにしただけよ。私には動機がないわ。もうっ!こんなことなら、助けなければよかったわ……めんどくさすぎる。怠惰タイムがすり減ってるじゃないの」

 ブツブツ言う私にさらに不審な顔になる騎士。

「ま、まぁ……助けたのは確かのようだから、今のところ投獄されずに済むが、やましいことがあるなら、自白したほうが罪は軽くなるぞ」

「投獄!?自白!?とはいったいなんですか!さっきから聞いていれば、失礼な方ですね!お嬢様はゴロゴロ寝ていて、叫び声を聞いて助けに行ったのですよ!?感謝されるならまだしも……王妃になるために、まーったく努力しないお嬢様になぜ容疑がかかるんですか!?」

「アナベル……ちょっと気になるところがあった気がしたけど、まぁ……いいわ……代弁をありがとう」

 騎士はアナベルの勢いに押される。そのくらい怒っている。騎士は渋々、今日のところはもう休めと上から目線で言い捨てて、去っていった。

「お嬢様、でも確かに早すぎる行動をとられましたね。まるでなにか起こることがわかっていたようでしたが?」

 私はアナベルの疑問にニヤリと笑って答えたのだった。

「後宮を舞台にしたミステリー小説なんかでは、こういった事件はつきものでしょう!?そろそろ事件が起こるころねと思ってたのよ!」

 そんなドヤ顔で言われても……後、髪の毛、寝癖ついてますよ?とアナベルは呆れたように言って笑った。

 寝癖ーーーっ!?すでに皆の前に出た後で、時すでに遅しだった。