手を振る彼を見送ると、ひとつ目の角を左へ曲がりその姿はすぐに見えなくなった。
曲がり方まで走って追いかけたかった。
『バイト頑張って下さい』
早速LINEを送る。
ゆっくり、ゆっくり自転車のペダルを漕ぎながら、嬉しくて笑が溢れる。細い脇道を抜けるとカラオケ店が見えてくる。『有楽』と書いた電光の看板に今明かりが点けられたようだ。
『有楽』の駐車場の入り口には春になると見事な花を咲かせる大きな桜の木が来客者を迎えるように植えられている。有楽桜と呼ばれ地元では少し有名だ。今は青々とした葉を茂らせ、少しだけ緑の匂いがした。
彼に一歩近付けた。この時はそれがただ嬉しかった。
私は熱に侵され、本当の彼の姿など、何も見えていなかった。
これが惨劇のはじまりだった。

『今バイト終わった』
夜中の0時を少し過ぎた頃、彼から初めてのLINEが届いた。
ベットに横になり返事がこないかなとうとうとしている時だった。
『お疲れ様です』
駆け引きも何も考えられない。ただ素直に嬉しくてすぐに返事を返す。
それから何度かのやり取りで教習所の近くでひとり暮らししていると分かった。
『いいですね、私もひとり暮らししたいです』
その返信は私を驚かせた。
『今度遊びにおいで』
『行きたいです!』
即答してしまう私。
『うん、来てね 今日はもう寝るわ、おやすみ』
『おやすみなさい』
何度も彼とのやり取りを見返す。彼と繋がっている。それだけで心が躍る。