少し胸が騒いだけれど、彼がいるとは限らない。あの日から一度も会えていないのに、クリスマスイブのこの日に再会するなんて出来過ぎだろう。もしも会ったとしてもきっともう平気でいられるはずだ。もうあなたなど忘れたと彼に思わせたい。彼からしてみれば、私のことなど記憶にも残っていないかもしれないけれど。
『有楽』の桜は可哀想なほどに痩せ、雨に濡れていた。駐車場には雨が溜まり車のタイヤが沈みそうだ。
「トランクに傘あるけど使う?」
「これこれダッシュした方いい」
北川と近藤のやり取りを聞いてから4人でそれぞれドアを開けた。
確かにこの雨は傘を広げることを待ってはくれない。
冷たい、とさゆりが言うのを聞きながら入口まで走った。ほんの数メートルでずいぶん濡れてしまい雨に濡れたコートを払った。
冬の冷たい雨に心まで凍りそうだ。
「寒い、早く入ろう」
さゆりが私の腕を組んでドアをくぐり北川と近藤も後に続いた。
「いらっしゃいませ」
小柄でショートカットの女性店員が正面のフロントで迎えてくれた。
彼の姿は見えないけれど、胸がキリキリと痛んできた。
近藤が店員と話している間、周りの部屋から漏れてくる歌声が響いていた。
「こんなに声漏れるだね」
さゆりと話しながらその部屋の方を見た時、見覚えのあるシルエットが視界に入った。