翌日から仕事が終わると毎日教習所へ通った。世間は夏の休みということで路上教習はなかなか予約が取れない。
4日目にやっと彼を見つけた。
両手をポケットへ入れ、眠そうな顔で入ってきた彼は私に気付くことなく通路を横切り、路上教習への扉の先へ消えた。開始を知らせるチャイムも鳴りギリギリの登場だった。これでは声もかけられない。
路上教習ならば1時間程で戻ってくるだろう。
私は玄関の外の階段の隅に腰掛けた。夕方になってもまだまだ暑い。遠くの空は夕日に染まりはじめた。薄く広がった雲は濁ったピンク色に見える。
『今教習所、例の人待ち伏せ』
さゆりにLINEを送ると、ストカーになるなよ、とすぐに返信がきた。
さゆりにはあの日すぐに彼のことを話していた。
住み込みで働ける工場に勤めながら定時制の高校へ通っていたさゆりは週末だけアルバイトをしていた。背が高くとても美人で同じ年とは思えないほどに大人びていた。幼い頃両親を事故で亡くし叔父夫婦に育てられたと聞いている。16才にして自立していたさゆりを私は本気で尊敬していた。
路上教習の終わる時間になってもなかなか彼は出てこない。駐輪場の方へ回りそわそわしながら小さな窓から中を覗いた。
見つけた。鼓動が逸る。女性の教官と何か笑いながら話している。女の人と話している。それだけで胸がチクリと傷んだ。
やっと出てきた彼は予想通り駐輪場へ来た。そして私に気付いたように見えた。
「こんばんは」
私はすぐに声をかけた。
こんばんは、と答えてやはり彼は笑った。
なんだろうこの感じ。やはり彼のまわりは空気が違う。
「えっとあゆちゃんの友達」
そう言いながら教習所で入社時配られる黄色いバックを自転車のカゴへ入れた。
「凛です」
「そう、凛ちゃん!」
「あの、LINE教えてもらえませんか?」
迷っている暇などない。次にいつ会えるか分からない。
積極的すぎる私に驚く様子もなく彼はまた笑った。
「いいよ」
その笑顔にまた魅了される。
ポケットから携帯を取り出した彼とLINEの交換をした。
「ありがとうございます」
嬉しすぎて意識もせずに自然とこぼれた。
「こちらそこ、これからバイトだからもう行かなきゃだけど、いつでも連絡して?」
優しい言葉に彼女はいないのだと都合よく解釈した。
「はい」
「じゃあまたね」
彼は私の肩を軽く叩いて言った。
胸が熱くなる。